| 07-箪笥の中の頭蓋骨 III パクノダさんの運転する車で最寄り(と言っても片道で二時間以上かかった)のショッピングモールへ連れて行ってもらい、必要最低限の買い物を終えると食料を適当に買って、すぐ帰ってきた。日が高くなったお陰だろう、車を降りてみると寒さが和らいでいて、車では通れない細い路地をやはりこちらも脚の長いパクノダさんにかけ足で着いていくと、タイツに包まれた膝の裏に少し汗をかいた。 ―――という冷静な状況描写は現実逃避の賜物であり、実際私の頭を支配しているのは、どうしようもない申し訳なさと底知れない不安感だった。 「(忘れてるのかな私今現在全くの無一文でしかもめちゃくちゃ探されてるらしいしついでに記憶喪失だったりして住所も電話番号も親の名前も顔もあまつさえ自分の年齢も血液型も出生までも不詳だというのになんでこの人はいやこの人たちはこう)」 「?どうかしたの?」 「あっいっ、いえ!」 否定してからはっとし、数秒あさっての方向を眺めてから、もう一度パクノダさんを見る。会話のレベルが合わない気はするが、一応、心配事は話しておこう。 「あの・・・。最低限とは言え、こんなに買って頂いてよかったのでしょうか・・・下着だけでも十分だったんですが・・・」 「あら、そんなこと気にしてたの。別にいいのよ、そんなに高い買い物をしたわけじゃないし、今月は臨時収入もあったから。どうしても気になるなら、・・・そうね、昨日みたいに手伝ってくれれば十分。」 そうなのか。パクノダさんの何て事なさそうな声色にほっとして肩を落とすと、彼女の両目が私をどことなく楽しそうに見下ろした。 「それに私、のことは中々気に入ってるのよ。・・・あなた、けっこう猫被るでしょ。隠し事は向かないみたいだけど。」 「なっ!ま、まさかパクノダさん実は蓑虫事件を目撃して・・・っ!?」 「(蓑虫?)違うわ。けど、・・・そうね、猫被るせいで野良猫みたいで、懐きそうで懐かない感じ。可愛くて好きよ。」 「!」 すき。好きって言われた。 そっちの気はないけれど、安心したような、嬉しいような気持でなんとなく顔が熱くなる。でもやっぱり野良猫ポジションなのか。そこにだけ苦笑して、あとはえへへと照れ笑った。 「私も、皆さんのこと好きです。置いてくれて本当にありがとうございます。」 そう言うと、パクノダさんはなぜだか驚いたような顔をして、それからふっと微笑んでくれた。居心地がいい笑顔だと思う。いや、いくら色々と抜けた状態の私とはいえ、平気で刃物を突き付けそれを咎めもせず殺すとか口走るうえ殺気の存在をごく当たり前に口にし私を一般人と呼び、更にはアレをホームと称する人たちが堅気だとは思っていない。頭の奥底では一応、わかっている。まだなんとなく不安も残ってはいる。 それでも、その不安と同じなんとなくの領域ではあっても、彼等が「好き」の部類に入ることは間違いなかった。 「(まさか、野良猫だけにご飯貰えて暖かい所なら何でも有難く頂くとか?)」 ふと思って、「や、寒いしな」と首を振った。寒くて目を覚ます回数二日中二日とくれば寒くないとは言えない。ああ、でも、暖房貸してもらえてるか。 「(・・・やっぱり好きだなあ。)」 パクノダさんのあとを追いかけながら、私は漠然とそう思った。堅気でなさそうなのはやはり気になるところではある。が、まあ、それは追々考えればいい。とにかく、今は居心地がいいし、好きなのだから。 私はひとり頷き、パクノダさんの踵を追いかけた。 行きにも通ったはずだが未だによくわからない、建物の間の細い道をくねくねと歩いて”ホーム”に戻ると、例の居間らしき場所に私とパクノダさん以外の全員が集結していた。一瞬嫌な雰囲気がある気がしたが、それはすぐに消えて、マチさんの「おかえり」が聞こえてくる。しかしどうしても嫌な感じを忘れることができず、返事も出来ずにおろおろと視線を彷徨わせていると、シャルさんが昨日私がいた所と同じ場所を指さして、「座りなよ」と言ってくれた。おろおろできるくらいなのだから体は動かせる。私はお言葉に甘えて正座で席に着いた。服の入った袋は隣に置いておく。 「パク、。突然だが、今からここに“お客”が来るらしくてな。」 「あら、案外早いのね。」 パクノダさんは腰を下ろして斜め座りしながら(いわゆるお姉さん座りというやつだ)、「突然」というのに驚くでもなくそう言った。私はと言うと、「突然」お客さんが来るのに、どうしてそれを知っているのだろうということで思考回路は精いっぱい働きつくしている。とりあえず、妙に強調されていた気がする「お客」について尋ねてみることにした。あまり大声で出張っても仕方ないので、隣のシャルさんにこそりと。 「あの、お客って・・・」 「んー・・・雰囲気から感じてよ。」 そういうことらしい。腑に落ちないが、どうやら議長らしいクロロさんが何か言うのを彼の口元を見て待つ。彼は思ったより早く口を開いた。 「俺が調べ得る限りでは六人。一対一で戦るつもりだろう。」 「能力者?」 「分からない。ただ、少なくともここを探査した人間はそうだろうな。パク、後はつけられていなかったろう?」 「ええ。」 そこからは、似たようなタイプの会話がひたすら繰り広げられるだけだった。私は話についていくことも話に割り込むこともできず、ただそこはかとない焦りにやはりおろおろとしているだけだ。しかし、聞いているうちになんとか事情は呑み込めてきた。――恐らく、私に懸かった懸賞金狙いの“マネーハンター”か世界教の人間が、ここに来るのだ。お客と言うのは皮肉ったのか、と頷いていると、不意に居間のドアが開いた。条件反射で振り向いて見ると、そこに立っていたのは見覚えのない、ガラの悪いスーツを着て色の薄いサングラスをかけた、彫りの深い顔立ちの二十代半ばであろう男性だった。 「四番か。」 「来たぜ、割と腕は立ちそうな野郎が六人だ。一応全員能力者らしい。」 「なるほど・・・ここは完全に割れたらしいな。仕方ない・・・面倒だが・・・」 クロロさんは意味深に呟くと、徐に立ち上がった。そして私を見下ろし、何やらじっと観察すると、何事もなかったように顔を逸らしてドアの方へ歩いていった。“四番”と呼ばれた男はクロロさんと入れ違いに居間に入り、彼の行動を巻き戻すようにこちらへ歩み寄ると、クロロさんがいた場所に腰を下ろして私を見た。近くで見るとサングラスが透けて、不健康そうな目がぎらりと光るのがわかった。 「おう、嬢ちゃん。」 「は、はい!」 「殺しは好きか?」 ―――――――――――――――――――――――――プツン。 何かが張りつめて、そのまま堪らず千切れたような、痛々しい音が聞こえた。思わず眉間に皺を寄せて、痛みもしないのに両の米神を押さえる。なんだろうこの人、なんつー突飛なことを聞くんだ。そんな風に思考を逸らしてしまったので、返答は随分遅れた。もちろん簡素に「いいえ」である。ガラが悪そうな彼だったが、返答の遅さも味気なさも特に気にとめる様子はなく、そうかそうかと確かめるように頷いて、一瞬目を伏せかけたか思うとまた私を見た。鋭い眼光に、つい背筋が伸びる。 「殺しってのはな、単に相手の息の根を止めることを言うんじゃねえ。そいつの一番大切なものを奪うことも殺し、存在を否定するのも殺し、一番触れられたくない場所をわざと突き回すのも殺し。俺はそう思ってる。」 口元には至極楽しそうな笑みがあった。本当に“四”番を背負ったような人だなと思いながら、恐々としつつ頷く。同意したのは、本心である。 「人間生きてりゃ人の一人や二人知らないうちに自然と殺すもんだ。死にたくなきゃ“つい”でやっちまうもんだからな。」 彼の口調はただ好き勝手に話しているようだったが、なぜか私から一度も視線を外さなかった。私はもちろん視線を逸らすことも出来ず、ただそれをじっと見つめ返す。段々と目がちかちかしてきたが、どうしても瞬きの回数を減らしてしまう。妙な空気だった。 「嬢ちゃんは、人を殺したことがあるか?」 笑んだ口元がゆっくりと動く。私は頭の中で何かが千切れそうになるのを必死で意識の外にやりながら、小さく、首を振った。 「―――あなたの言う“殺し”なら、すごく、沢山。」 「そうか。怖いか?」 「怖、くは・・・」 「じゃあ大丈夫だ、すぐ慣れる。―――よかったなお前ら、ちゃんも同類だとよ。ほら大いに喜べ、可愛い後輩が出来たじゃねーか。」 少しの沈黙の後、まずマチさんが動いた。防寒重視といった風な上着に包まれた腕がすっと上がり、・・・―――四番さんの側頭部を、もの凄い勢いで殴りつける。効果音については過激すぎるので伏せておこう。(あんなに打って頭蓋骨割れないんだろうか) 「この馬鹿、誰がを”事情聴取”しろって言った!」 「ってェ――― 相変わらずだねェマチちゃん、その調子で将来の旦那も尻に敷がふっ!」 「死ね!・・・、平気?」 「え?いや・・・別に、なんとも・・・?」 というか、平気も何も語られて質問されただけじゃないか。多少見つめ方が異常だったが、あとは特筆するような状況ではなかったと思うのだが。――ただ、私が忘れていたはずのことを答えられたのは、妙だと言えるだろう。いや、忘れていたはずと言うより、現在進行形で何の事だかわからない。が、覚えがないとは言えなかった。「すごく、沢山」と口の中で繰り返すと、なぜだか身の毛が弥立つ。妙な感じだ。 「・・・おかしいね。一般人が食らったら二三日は昏睡するはずなのに・・・」 「逆に言えば、の記憶喪失は確実に念ってことか。あのオーラといい・・・やっぱり、無意識に閉じてるだけで精孔は開いてるみたいだね。」 「オーラ?・・・ショウコウ?」 「オーラは生命エネルギー。精孔はそれが噴き出す孔。間欠泉を思い浮かべれば早いかな。」 シャルさんはやや早口に説明し、それから私をじっと見詰めた。額のあたりを特に見られている気がする。 「あの・・・何かついてます?」 今度ばかりはこれしか言いようがない気がしてそう口にし、苦笑しながら頬を掻く。まさか蓑虫だけに蓑虫でもついてたり・・・いや、しないしない。それはいくらなんでもありえない。 回答のないまましばらくじっとしていると、シャルさんはようやく視線を外した。今度は外れそうな窓をじっと見ている。そういえば、私が歩いてきた道はあんなに雪が積もっていたのに、ここは薄ら白くなるくらいで、それも今さっき見たらほとんど溶けていた。昨日降っていた雪は見間違いだったのだろうか?・・・いや、そうか、あのあと本に夢中になったんだっけ。すぐ止んだのかもしれない。 本、で読み違いのことを思い出し、一人でばつの悪い思いをしていると、マチさんが突然目の前に現れ、反応する間もなく何かを被せた。温かい。どうやら彼女の上着らしい。 「ま、マチさん?」 「ちょっと黙ってて。動くんじゃないよ。」 「・・・」 え?と言おうとしていた口を噤み、よく言えば触り心地の良い私のおなかにその腕が回されるのをぽかんとしたまま眺め、されるがままに担がれる。なんだこれ構図がおかしくないか?しかしそう思った時にはもうマチさんは走り出していて、私は瞬く間に舌を噛まないよう歯を食いしばるのでいっぱいいっぱいになってしまった。肩の骨折れないんだろうかという不安は無きにしも非ずだが――いやいや。 「――チッ、し、っ・・い、え」 心底嫌そうなつぶやきが途切れ途切れに耳に入る。なんて言ったんだろう、とその台詞を反芻していると、急に彼女と接触しているあたりから一気に鳥肌が広がった。刃物を向けられていることに気付いた時のような、額を触られた時のような、形のない反発と言ったほうがいいかもしれない。食いしばろうとした奥歯が小さく震えるのがわかった。――さっきあった「嫌な雰囲気」と、似ている。 そう思った瞬間、坂道の自転車並のスピードで揺られる私の朧な視界に、赤が広がった。 ―――――――――――――――――――――――――――――プツン。 「・・・あ」 また、切れた。 |