04-文字
クロロさんに付いて、家族連れで賑わう――所謂ファミリーレストランに入ると、きれいな金髪の美少年が少し奥まった席から静かに手を振っていた。それを見て「あ、シャルさん。」といっそ妙なほど無感動に思った自分に気がついて、少し首を傾げる。刃物を向けられたことは、忘れていないはずなのだが。 「(クロロさんの弁解が効いた?の、かな)」 まあ、もとから根に持つ方ではなかったような気もするし、こんなものか。適当に理由を付けて席に着く。 私はクロロさんが座るのを見てから、空いているパクノダさんの隣に腰掛け、向こう隣りで窓の外を見ているお姉さんにちらりと視線を送った。独特の雰囲気と覚えのある目元からして、昨日のお姉さんだろう。パクノダさんも睫毛が長いが、彼女も長い。 じっと見つめていると、意志が強そうなやや釣り気味の目が私を捉えた。セミロングの癖っ毛が傾げた首に合わせてふわりと揺れる。 「何?」 「えっ!?あ、えっと、・・・き、昨日は、ありがとうございました。」 「別に、大したことはしてないよ。礼ならクロロとパクに言って。」 介抱したの、ほとんどこの二人だし。彼女はそう言って二人を視線で指し、それから私の顔をじっと見つめた。何かついてますか?なんてベタすぎることは言いづらいので黙って見つめ返していると、彼女は何か妙なものを見るような目をし、「変わった子だね」と呟くように言った。普通以下だ変わった子だと、なんだか変な評価ばかり頂くのはなぜだろう。考えながらパクノダさんに視線で挨拶し、向かいのクロロさんに軽くお辞儀をする。 それから手持無沙汰になっていると、パクノダさんがメニューを渡してくれた。斜め向かいでシャルさんもメニューを見始めている。 「(ていうか奢ってもら、うんだよな、いいのかな・・・)」 言うまでもなく、今の私の経済能力はゼロどころかマイナス値を叩き出している。そんなことを言ったらホテルだって追加料金とか、何かしらとられるんじゃないだろうか。あの部屋で?うーむどうしたものか。 首を捻っていると、不意に「ねえ」と声をかけられた。顔を上げると相変わらずの可愛い顔(失礼かもしれないが、本当にそうとしか表現のしようがないのだ)が私を見ている。シャルさんだ。 「はい?」 「まだ手足は痛む?」 「ちょっと。でも普通に動かせますし、問題ないです。」 「そ。・・・ところでさ、その敬語って癖?」 「癖・・・ではない、ですけど。」 「じゃあ何で?」 「な、何でと言われても・・・初対面の人には、敬語じゃ、ない・・・です、か?」 おずおずと言うと「そうなの?」とでも言いたげな沈黙が流れた。なんだろうこれは。すごく居心地が悪い。 「あの・・・えっと・・・なんかすみません、やっぱり私変ですね。」 「うーん・・・文化と教養の差ってやつ?」 「文化はわかりますけど・・・」 「あー、なんか俺が深層の令嬢に見えてきた。末期かな。」 「(なんだろう、すごくけなされた気がする)」 とにかく、これ以上かまっていると話がこじれそうなのでまだ何か言っているシャルさんを横目にメニューに目を落とした。そこではっとする。 「俺マナーとか文化とかけっこう蔑ろにしてたからなー」 「あの、すみませんが」 「何?」 ぶつぶつと一人語りをしていたシャルさんだけが私を見る。他の三方はメニューに目を落としたままだが、わざわざ全員の注目を集めても居心地が悪くなるだけなのでそのまま続けた。 「・・・肝心の文字を忘れたようです。」 「・・・ある意味奇跡だね。」 なんでそんな重要なもの忘れられるの?シャルさんのため息交じりの問いに、私は苦笑しか返せなかった。 「ま、覚えはいいみたいだからバカって言おうとしたのは撤回するけど。」 「それはどうも・・・」 「何で民族言語を覚えてて共通言語を忘れるかなー、今じゃ民族言語なんて名前と古典くらいでしか見ないと思うんだけど。」 ノートに書かれたたどたどしいハンター文字の例文と、割と達筆な””と”あいうえお”の文字を見比べ、私自身溜息をついた。確かに奇跡的な忘れ方だ。私はどれだけ愛国心盛んだったんだろう。 「ていうかさ、って本当に深層の人なんじゃない?一般常識欠けてるみたいだし、変だし」 変を理由にされたくないのだが、反論の言葉が出てこない。ぐっと押し黙っているとシャルさんは続けた。 「その深層も悪い意味なら、あの殺気だって説明つくしね。」 「毒気、ですか?」 「クロロがそう言ったの?」 「はい。毒気が強いとかどうとかって」 「ふーん・・・まあ、そんなもんか。」 シャルさんは頷きながらペンを走らせ、三秒ほどの沈黙の後ノートを私に見せた。読めと言うことだろう。私は慎重に文字を辿り、「どうじょうするならかねをくれ」と読み上げた。なんて文だ。 「正解。まだ遅いけど二三日もあれば慣れるんじゃない?じゃあ俺寝るから、おやすみ。」 「えっ、ちょ、早っ!まだ九時ですけど!」 「子供は寝る時間なの」 「子供って・・・おやすみなさい。ありがとうございました。」 ノートとペンを持って立ち上がると、手を振って返事をしてくれた彼に背を向けて部屋を出た。クロロさんはレストランから帰ってきてすぐふらりと出掛けたまま戻っていないが、パクノダさんたちの部屋には二人とも揃っているだろう。廊下を横切って斜め向かいの部屋のドアをノックすると、「開いてるよ」というマチさんの声がした。名前は訊いたわけではなく会話の中から聞き取っただけなので少々自信薄だが、彼女の声であることは間違いない。静かにノブを押し下げてドアを開けると、洗面所の方からシャワーの音が聞こえてきた。水を使っていてはノックの音は聞き取れないだろうから、中にいるのはパクノダさんだろう。広々とした下駄箱の横を通り抜けて部屋に入ると案の定マチさんはそちらにいた。彼女はソファに座ってテレビを見ていたようだったが、私が近づいていくとこちらを振り向いて口を開いた。 「すっかりシャルに懐かれたみたいだね。」 「なつ・・・いや、かなり適当に扱われてますよ・・・」 「そう?だとしても珍しいよ、シャルが仲間以外の人間とここまで関わるのって。」 「そうなんですか。」 なんだ、内向的なのか。割とよく喋るから社交的とか外交的なタイプなのかと思っていたが、そうか、あれは単にマイペースだっただけなのだ。思えば文字の練習も最初から最後まで彼のペースだった。 「・・・ってさ。」 名前覚えてくれたんだ。少し感動しながら目で返事をすると、彼女はしばらく宙を眺めて言葉を纏めるような間を取ってから、「やっぱいいや」と打ち消した。何を言いたかったのか気にはなったが、シャルさんが内向的だという話は彼女の印象にまで波紋を広げていた。あまり不用意に尋ねるべきではないだろう、と適度に愛想笑いながらブーツを脱ぎ、二人掛けのソファに寝転がる。空調が効いているので寒さは感じないが、一応準備してもらった毛布に包まった。私がそうしてから何秒も経たないうちにマチさんもテレビを消し、ベッドに向かったらしい。スプリングが僅かに軋む音と、布団を被る音がした。 「・・・マチさん、おやすみなさい。」 「・・・うん、おやすみ。」 返事に安心して目を閉じると、すぐに眠気が襲ってきた。「子供は寝る時間」。シャルさんの言う通りだ。 深く息を吐くと、神経を張り詰めるより遥かに簡単に、残っていた僅かな不安が消えて行った。 |