ほぼ頭に血が上った勢いだけでナイフに周をし、いちかばちかで投げつける。残念ながらそれは的外れな場所に突き刺さったが、それでも敵は一瞬カルト君から注意を逸らした。その隙を見て彼が逃げてくれればよかったのだが、流石にこの土壇場でそう上手くは行かなかったので、割り込むように二人の間に立つ。

心底無謀だ、やめとけよ。とどこかで呆れたようなコメントが聞こえた気がしたが、こういうことをするときにはよくあることだし、気にしてはならない。一度突っ走ってしまったら、事態が収束するまで冷静な自分の声に聞く耳など持ってはいけないのだ。暴走は確かにいいことではないが、中途半端に冷静になどなったらそれこそ絶対に失敗する。――この場合、最悪命がない。

カルト君を後ろに隠しつつ、全く目線の合わない男をじっと睨み上げる。――それにしてもこの世界はなんでこう、身長設定がおかしいんだろう。向こうだったら余裕でギネスに載るレベルだぞこのサイズは。一体何食って育ったんだ、うらやましい奴め。と少し眉間に皺を寄せると、ギネスなサイズの彼が心の底から不満そうに私たちを見下ろした。というか、見下したのだろう、この場合は。

「なんだ、またガキか!?侵入者っつーからどんなゴツい野郎かと思えば・・・」
「“ゴツイ野郎”もいますよ。東と南の入り口に一人ずつ。上にもいますね。」

だからここから離れやがれ、という意味を込めて、笑顔で答える。男はハッ、と鼻で笑い、オーラを引っ込めて姿勢を少し砕く。――油断したか、それともフェイントか。すぐそばの床に突き立っているナイフをちらりと確認し、取るタイミングを計りながら男の様子を窺う。

「オレだってそいつらと闘いてぇよ。なにせ、より強い侵入者をより多く狩った奴がリーダーだからな。」
「(なんつー無難な決め方・・・)」

他にも色々あるだろう、カリスマ性とか色々。強さだけで決めていいのかそういうのって。と内心で突っ込みつつ、なるだけ自然にナイフを拾う。男は警戒した様子でオーラを逆立たせたが、私がそれを背中に戻すとまた力を抜いた。これだけでは彼が油断しているのかどうか判断できないが、とりあえず、こちらが攻撃しなければ何もしてこないと見ていいだろう。ならば、私は普通っぽく振舞うことにしよう。彼のオーラに対抗できなくなることを承知で纏も解いた。男はまた強い奴はリーダーが相手してどうのこうのと話を始め、私の変化に気付いた様子は無い。はじめからガキと括られているし、私の纏にはそもそも気づいていなかったのかもしれない。

「・・・ん?そういやお前ら、何でここに居るんだ?ガキがまさか侵入者の仲間ってことはねーだろ?」
「(この人バカだなあ)ですねえ。」
「迷子か?・・・なわけねーな。ただの迷子がエモノなんざ持ってるわけ・・・」
「どうかしました?」

しれっと訊いたが、男の表情ががらっと変わったのは嫌でも分かる。でもやっぱりこの人バカだなあ、と思った。しかし油断していいわけでは、ない。

「テメェらも侵入者ってことは、狩ればオレも良い役貰えるってことだよな・・・?」

男のオーラが膨れ上がる。流石にもう耐えきれないので纏をすると、また男は顔色を変えた。なんだかわかりやすい人だ。強化系だろうか。

「ふん、お前はちったぁ殴り甲斐がありそうだ、なッ!」

大袈裟に振り上げた拳が降ってくる。――図体の割にその動きは機敏だ。やばい、と思った時にはもう背中が壁にめり込んでいた。――ああこれ、脚色とかじゃなかったのか。頭の芯がまだ熱いので意識はやけにはっきりしているが、胸元で嫌な音が聞こえたのは気のせいではない。でも、カルト君は逃げたみたいだ。――よかった。ならいい。

「ッ―――!!」
「見かけによらず堅ェガキだ。だがアバラは貰ったぜ!」

ギャハハハ、というのが相応しい下卑た馬鹿笑いが耳に痛い。重力に従って床に落ちた私の髪を彼は鷲掴み、ガタガタと振るって「痛ェだろ!?」と楽しそうに訊いて来る。痛いよ、と答えてやろうとしたら、口から冗談のように血が流れて、それを見て彼はまた喜んだ。そしてそのまま頭を掴んで私を立たせ、逆の手で喉に手を掛ける。

「オレは断末魔ってのがどうも嫌いでな、一撃で殺せなかったら次は喉を潰すことにしてるんだ。」

思わず頬が引き攣れた。――喉?駄目、取り柄ひとつなくなるじゃないか。それに喉なんてやられたら、それこそ兄貴がどんな反応をするか――考えただけで身の毛が弥立つ。奥歯が軽くカタカタと音を立て、同時に頭にかあっと血が上って行くのがわかった。――イラつく。

「尤も、オレのパワーじゃ加減きかなくてそのまま首千切れてお陀仏だけどな!」
「勝手に話進めないでよ」
「あァ?」

威勢よくメンチ切った男の顔色が、また変わった。一拍遅れて私の首から手がだらりと落ち、そしてまた一拍遅れて男の形相が鬼と化す。

「テメェ・・・!俺の腕をォおおおお!!!」
「だから、何」

転がった腕を蹴っ飛ばしながらできる最大の意地悪い笑みを浮かべたところで、私の視界は人生最大級に歪んだ。掴まれていた頭が、力任せに地面に叩き付けられたのだ。理解するには数秒かかり、その数秒のうち半分くらい、私は気を失っていただろう。漫画によくあるあの白目剥いてるシーン、あれも誇張や脚色ではなかったのだ。

「許さねえェッ・・・!!殺す!ミンチだ!グッチャグチャにして豚の餌にしてやる!!」

ガン、ガン、と立て続けに額と床がぶつかり合う。――が、単調になってしまえばこちらのものだった。凝で額をガードすればダメージは最小限に抑えられる。

それでも奈何せん初撃と次がキツ過ぎた。吐血するわ鼻血出るわ目に血が入って痛くて開けられないわで既に満身創痍である。ちなみにどうでもいい知識だが、肋骨は部分的にであれば折れていても内蔵に刺さらない限り大きなダメージのない骨である。自慢げに貰った!なんて言われても失笑するしかない。

「(でも胃は駄目かな)」

どこが痛いかよくわからないが、吐血したということは傷ついたのは消化器系だ。一応念でガードしているし、ただ殴られただけで穴が開くものではない(はずだ)から、骨が刺さったのだろう。じゃあやっぱり満身創痍か。

結論が出てからさらに数発額を床に打ち付けられたところで、また髪を掴まれた。目がほとんど開けられないので男の形相はわからないが、怒り狂っていることは明らかだ。袖で血を拭って見上げると、予想通り顔を真っ赤にした男が殺す殺すと呟いている。また頭がかっと熱くなった。

「クソッ、ガキが!!何だその目は!?あァ!!?オレ様に勝てるとでも思ってんのか!!」
「じゃあ、貴方は私を殺せると思ってんの?」
「当たり前だろ、バカが!血吐いたようなボロボロのガキがどうして念能力者に勝てるんだよ、オラ!!」

そうは言っても私も今や念能力者だ。今度は後頭部を壁にぶつけられたが、これも凝である程度はガードできる。今度は一回打ち付けられただけで終わったが、油断しているとまた首を掴まれた。しかし今度は潰すのではなく、絞め殺す気らしい。――学習しない奴だ。私はまだナイフを持っている。この状況は腕一本差しだしたようなものだとわからないのだろうか。

「死ね、死ね、死ね!苦しんで死に腐れやッ・・!!!」
「苦しんで死んで欲しいなら指から順に詰めてかないと。古風だけどヤクザのやり方としてはおあつらえ向きですよ」

首に凝をすればそれほど苦しくならない。喋りながら、右手に持ったままのナイフにまた周をして、さっきとは逆の動きで捌く。頭が熱い。手が離れていくとまた男が喚き、しかし今度は足を使ってきた。――あ、やばい。どこに来るかわからないから凝じゃない、練!と判断するのでコンマ数秒使い、結果ほぼモロで喰らって吹き飛んでしまった。また一瞬意識が飛ぶ。どこか切れたのか、それとも吐血の残りか、伏せた床が生ぬるかった。

「う゛ぅっ・・・!!クソ、畜生・・・!!こんなガキに・・・!」

憎々しげに呟く声を耳に、ずるずると起き上がる。――相当やられた。だが、少し前の私なら一発目の時点で死んでいたのだと考えれば上出来である。まだ放さず持っていることができたナイフを構え、何が痛いのか、むしろ痛いのか何なのかわからなくなってきている腹部を庇うように前傾姿勢を取ると、男はぜえぜえと息を切らしながら一歩ずつこちらへ近づいて来る。――早くしろ。焦れて殺気を飛ばす私に、男はまた憎々しげなうめき声を上げた。――呻くのはいいから、早く来い。飛び込む体力も、このまま立ってる気力も、もうないのだ。

「(・・・や、ばい、ふらふらしてきた)」

頭の芯がぼやけてくる。――まずい、今喰らったら絶対死ぬ。まともなガードなんかできない。

「へ・・へへ・・・ガキィ、テメェも死にかけじゃねェか・・・!」

ぼたぼたと血が落ちる両腕を掲げ、男はまたオーラを練る。――やはり冗談でなく物々しい。

「(ほんとに、死ぬ、かも)」

ぽつりと考え、しかし首を振る。――いや、死ぬ、死なないじゃない。死ねないのだ。

ナイフを下ろして男を見据え(というよりはただ遠くを見て)、あるだけのオーラを絞り出すように練をする。それでも男には明らかに劣る大きさだったが、十分だ。

「これで終わりだ、クソガキィ!!」

男が頭に硬をして突っ込んで来る。腕がなければ足と頭、とは。馬鹿だが根性は素晴らしいな、と無感動に分析する。頭はガンガンし始めていた。――無理、すると、こんな風になるのか。歪みそうな視界を気力で正し、馬鹿正直に真正面から頭を振りおろしてきた男の懐に潜り、目を瞑った。












『“neutral”は正しく作成されました』
『全ての行動を終了し、システムを再起動します』














written by ゆーこ