私の偏った知識では「マフィアといえばヨークシン」という風になってしまっているが、マフィア自体はどこの国にもそれこそごまんと存在し、あのマフィアン・コミュニティーというのも別に地下競売を取り仕切るだけのものではないらしい。まあ、考えてみれば競売だけがマフィアの仕事のはずはない。常識的に考えればマフィアというのは人攫いをしたり変な薬を売買したり法に触れる武器を売買したり、そして時には権力を見せつけるため武力を行使することを主な活動とする組織である。
そして今回ゾルディック家に依頼されたのは、そんな活動の果てにできた「不死鳥」なる組織の殲滅、だそうだ。
“壊滅”ではなく“殲滅”。頭を刎ねて組織として成り立たなくするだけでなく、組織の者を徹底的に潰す。――果たしてそこまでする必要はあるんだろうか。甚だ疑問だが、マフィアの選択など生かすか殺すかの二択だけだ、とキルアは言っていた。中途半端に潰して復讐されるのが怖いんだろう、と。何とも気の滅入る話である。ただでさえ参っているところだというのに。
ポケットからシンプルかつ無駄なほどスタイリッシュなリモコンを取り出し、パワーのボタンを押してみる。身体のどこかで古いブラウン管テレビをつけたような音が聞こえてくるが、それだけだ。あとはもう動かない。
火曜にリモコンを受け取ってから色々と試したのだが、結局もとからあった謎の引っかかりが解消されることはなかった。考えてあった手順でチャンネルを作ろうとしてみても、電源を入れる以外では想定していた反応が返ってこないし、他のやり方を試しても駄目。特に余計な機能はつけなかったので他にはもういじるところがなく、最終手段でこのリモコン自体に「システム」として突っ込んだ念を一から組み直してもう一度入れたりもしたのだが、やはり結果は同じだった。――最悪だ。使いものにならないもならないで、完全に使えないのである。
一体何が足りないのだろう。自分の念なのに見通しが立たず些か気持ちが悪いが、焦ってどうなるものではない、と自分を落ち着ける。
「(にしても重たいなこれ)」
世界のミルキ様が気を使って丈夫にしてくださったのはいいのだが、何か特殊合金的な雰囲気を感じる。なんでこの、ちょっと古い型のケータイを三枚におろしたような体積でこんなに質量あるの。叩いた感じ中は空洞みたいだから、仮に金とか使ったとしてももっと軽いはずじゃないのか?変だ。
だがまあ、ある程度扱いづらい方が制約には・・・なるんだろうか。まさかこういう想定していない制約的なもののせいで動かないんだったりして。だとしたらなんて融通の利かない念なんだ。
とにかく、これからはこれを手放したらアウトだ。紐やストラップをつけられるようにしてもらったから、そのうち首から下げられるようでもにしよう。
電源を切って、いつの間にやら遥か前方に居るゾルディックの方々を追いかける。オマケなのではぐれても彼らに支障はないが、間違いなく私が困る。こんな寒いところに置いてけぼりはご免だ。
小走りで追いつくと、ちょうど先頭のシルバさんがホテルのロビーに入ったところだった。私は一瞬足を止め、ぞろぞろと入って行く奇怪な団体のうしろに隠れるようにおずおずと中に入る。――うわあ、目立ってる。超目立ってる。ロビーに居る人だいたいこっち見てるよ。暗殺しに来たというのにこんなに目立ってていいんだろうか。
とりあえず自分は無害であるとアピールすべく、「食べてもおいしくないよ〜すっごく弱いよ〜」という気持ちで姿勢を緩めた。こちらを見てくる人の中には明らかに一般人でない(たぶんこの人も暗殺者なんだろう)視線も混じっていたので、早めに品定めの対象から抜け出したかったのだ。
が、そんな努力も虚しく、むしろおいしくないですアピールを始めた瞬間にその人は立ち上がった。――おいおい、しかもめちゃくちゃこっち見てるじゃないか。貴方、あれか。私のセーラー服に夢中か。脳内でおニャ●子クラブの名曲が流れ始めるのと同時に、彼の視線がふっと動く。つられてその先を追うと、ちょうど開いたエレベーターから見覚えのある長髪長身の男性が現れた。イルミさんだ。
「よおイルミ、その分じゃ無事に済んだみたいだな。」
●ニャン子クラ、いやセーラー服に夢中な彼がイルミさんに話しかける。イルミさんはと言うと、一瞥くれてあとは無視だった。し、知り合いっぽいのになんという仕打ち。ちょっと不憫だ。しかし当の彼は別段気にする風でもなく、また私をじろじろと見始める。が、勿論おニャン子でもセーラー服をふふふふんふでもない。
彼のイルミさんへの口のきき方からするに、この人はある程度ゾルディックのことを知っているのだろう。といってもまさか家族構成丸々知っている、というほど深い付き合いをイルミさんがするとは思えないので、単に身のこなしやなんやを見て私が一般人だと気づいたか、仮に傍から見て私が子供Fくらいに見えるとしても、さっきのおいしくないですよオーラは変だと感じたのかもしれない。一般人の勝手な現実逃避でおニャン子とか言ってすみませんでした。でもセーラー服とか以外に私はあなたをなんと呼べばいいのだろう。
脳内で謝罪ともつかない謝罪しているうちに、イルミさんはシルバさんやゼノさんと二言三言交わし、それから服のどこか(そこはポケットなんだろうか)を探りながらこちらへやって来て「コレ、持ってて」と何かを取り出して言った。促されて手を出すとどこかで見たことのある卵型の通信機を渡される。これは確か、暗殺完了の証・・・!とか出ていたやつじゃなかっただろうか。なぜ私が持つのだろう。
「そこのボタン押せば父さんに繋がるから。使い方は見ればわかるよね?きっと別行動になると思うし、何かあったら連絡入れて。」
「あ、はい。」
なるほど、単なる連絡用か。ならば握りしめていても仕方ないのでさっさと胸のポケットに仕舞い、それから、まだ視線が痛い例のあの人をちらりと見る。――まったく、なんでガン見なんだ。私がヒソカだったら今頃彼の両腕は肘までになってる頃だぞ。イルミさんも彼のガン見具合には引き気味なのかまた一瞥して、私にぼそりと「アレは気にしなくていいから」と囁いた。わあ、アレ扱い。
「――今回始末してもらうのは、これから向かう場所にいる人間、全員だ。」
口髭を蓄えた黒髪の男は、重々しい雰囲気でそう言った。マフィアのお偉いさんを絵に描いたような態度ではあるが、私のすぐ目の前に居るシルバさんの天然ものの威圧感と比べれば、彼などいくら凄んだところでハムスターみたいなものだ。スイートルームのふかふかソファに深く腰掛け脚を組んだその姿でさえ、この場ではひどく可愛らしく思える。
口髭ハムスターはそのまま、事前に配布した資料がどうとか、念能力者の数がどうとかと話しはじめた。ちなみにキルアとカルト君はキキョウさんと一緒に廊下待機だ。二人に念のことを聞かせられないのはわかるが、なぜ私がここにいるのかは謎である。まあ、私としては対策を練る材料になるので喜ばしい限りだが――いや、そうか。シルバさんやイルミさんが一緒に行動するであろう二人はともかく、別行動になる可能性が高い私には、詳しい情報がないとまずいのである。理解したところでようやく髭ハムの言葉に真剣に耳を傾ける。
話によれば、彼らは今内部の問題にかかりきりで外部にはたいした注意を向けておらず、奇襲をかけるのにはもってこいのタイミングなのだそうだ。
「不死鳥」というのは、もともと争っていた二つのマフィア(髭ハムはその片方のボスだ。もう片方は死んだらしい)それぞれの戦闘専門組織なる団体同士がある日を境に結託して親を裏切り、つい最近独立した組織、である。しかし、もとが二つの組織であっただけに現在「不死鳥」にはリーダー格が二名存在している。それどころか、力のある者とだけ括ればリーダーに匹敵する人間など両手では足りないほど存在し、その中からまた無理にリーダーを決めようとするものだから、椅子取りゲームのような状況になって戦闘が起こる。そうなると彼らは内部に集中せざるを得ず、こちらからすれば非常に動きやすい状況になっている、ということらしい。
なんとか大筋は理解した。それでもまるで縁のなかった世界の話なのでいまいち実感が湧かない。不死鳥と言われても、結局のところ私が思いつくのは某魔法小説の第何巻かのタイトルである。あれは騎士団だったが、これは念能力者集団・・・語呂が悪い。
何かいい名前はないだろうか、と思考が逸れそうになったところで、黒いスーツの男に何やら見取り図が描かれた資料を手渡された。会釈して受け取るとまたあの人の視線を感じたが、イルミさんのご助言通り無視しておく。どうやらこれから持ち場や動き方を打ち合わせるらしい。
「まず出入り口を封鎖する役目――これは誰がやる?」
「東側は俺がやろう。」
「正面」
「じゃ、俺は残りで。」
見取り図によれば北側に出入り口はない。残り、と言ったあの人は西側だ。じゃあそっちにはできるだけ近寄らないようにしようか。考えながら、私は一歩下がる。資料は有難いが、完全に私に関係のない話だ。もし振られたら何と答えればいいのだろう。「残りで。」だろうか?
「次に突入経路だが・・・」
「ワシらは正面から入って東西に分かれる。」
ゼノさんがすかさず発言した。よかった。これで私に話が振られることはなくなったはずだ。また一歩下がって完全にシルバさんの後ろに隠れると、またあの人の視線が私をかすめた。・・・なるほど、ぽくない行動を取るとガン見なわけか。肝に銘じておこうじゃないか。
視線だけは向けないよう、かつ「何見てんだよあんたセーラー服にドキドキか私もドキドキだよ」という気持ちは湧き出させたままじっと床を見つめる。
そうしている間に突入云々についてもすべて決まったようで、早速移動だ、と髭ハムが立ち上がった。足を組んでいたせいでスーツに変な皺が出来て格好悪い。その周りをガードらしきスーツの男達が物々しく取り囲むのでこれがまたなんとも面白かったが、とりあえず変な顔にならないよう気を引き締める。
ここから不死鳥の巣に向かうのには車を使うらしい。一番使われていないという北側のエレベーターを使って地下駐車場に降り、そこからあのガード達が数台車を出して分乗して行くのだそうだ。
エレベーター前に着くと、まず髭ハムとガードが乗り込んだ。無論ガタイのいい男だらけの面子で一度に乗れる人数など限られているので、はじめは彼らだけで下に降りる。空のエレベーターが戻ってくると、次にあの人以外の五人の暗殺者が乗り込み、その次にゾルディックの兄弟とあの人となぜかここに私がぶち込まれた。最後はひときわでかいシルバさんと、ゼノさん・キキョウさん・マハさんか。
最上階に残る面子の凄まじい威圧感を見送り、たまたま近くにあったボタンで扉を閉める。するとすぐに会話がはじまった。
「よおイルミ、さっきはどうもご挨拶なこったな」
「それはどうも。」
「相変わらずつれないね。」
「あんたがしつこいだけだろ。」
・・・なんだか妙な光景だ。
イルミさんが(無表情だが)うざったそうにしているのはもちろん、キルアも「何コイツ」と言いたそうに目の前の男を見ているし、カルト君に至ってはガン無視だ。意識的にこの男の存在を消去している。しかし、彼は満足そうに見えた。暗殺者というだけあって表情は非常に読みにくいし、オーラも研ぎ澄まされていて隙がないが、どこか柔らかいというか。
そこまでじろじろと観察してはっとしたが、彼はどうやら私が見ていても特に文句を言う気はないらしい。それなら、とさっきの仕返しも兼ねて遠慮なく見ることにした。
――頭の形が分かる程度に切られたプラチナブロンドの猫っ毛に青い目。歳はギリギリ20代といったところだろうか。顔立ち自体は至って普通の目つきが悪い欧米人といった風で特徴がなく、その分あらぬ方向に跳ねた髪や無精髭が野暮ったいのが目に付く。身長は170後半。体格はそれほど良くないようだが、だぼついたパーカーのような服を着ているのではっきりとは言えない。まあ細身ではあるだろう。
これだけだとただの柄の悪いお兄さんにも見えそうだ。威圧感もないし、表情も読めないだけで無表情と言うのではない。ゾルディック家の人たちのような隠す気ゼロの暗殺者からすればいっそ微笑ましいほどの穏やかさである。――が、これは所謂“擬態”という奴なのだろう。ただ姿勢を崩して立っているだけなのに、全く油断が見えない。纏もものすごくきれいだ。とてもじゃないが一般人には間違えられそうもない。
まじまじと眺めていると、ふと彼と目が合った。
「嬢ちゃん、俺が気になるかい?」
「いえ。」
考える前にとりあえず否定して、ふいと視線を逸らす。彼は「つれないなあ」と呟きながら低い天井を見上げ、それからそのままでぽつりと質問してきた。
「おい、嬢ちゃん暗殺者じゃないだろ。」
どう答えるべきか迷ってイルミさんを見ると、頷かれた。私はイルミさんを見たまま「そうですね」と答える。男は視線をこちらに戻すと続けて訊いた。
「ゾルディックの嫁候補かなんかか?」
「それはない。です。」
これには即答しておいた。それはない。なさすぎる。どうしてそんな突拍子もない質問が出たんだ。思いついても私を見たらコンマ一秒で間違いであると気づくだろう。
いや、まあ、母も忙しいことだし、割と早い段階で嫁げる程度の家事はできていたが、それは一般的な家庭においての嫁基準である。
その私がゾル家嫁候補って。笑えすぎて笑えない。夢小説にはたまにある展開だが、ここでは絶対ない展開である。それでも無理矢理想像してみたら笑えてきたが、ひとまずは顔を伏せて我慢し、まだ来そうな質問に身構えた。
「じゃ、なんでこんなとこに来たんだ?」
それはむしろ私が訊きたい。またイルミさんを見ると、彼が答えてくれた。
「俺が連れてきた。安心しなよ、あんたが思ってるほど弱くないから。この子」
「ほー・・・?」
な、なんで煽っちゃったかなあ!その上見学だということを言い忘れている。完全に「この小娘に人が殺せるのか?」みたいな目で見てるじゃないかこの人。これは否定した方がいいのか――でも、ここで割って入ったら会話が続くことになるし色々説明しなきゃならない。話拗れるのめんどくさい。黙っていよう。
「・・・。」
わざとらしい沈黙が流れる。なんだか嫌な空気だな、と背中を気にし始めたところで、センサーに鋭い殺気がかかった。びくつきながらさっとナイフに手をかけると、男は「ふーん」と特に感想はなさそうな声を上げた。遊ばないで頂きたい。これ以上されると本格的に彼の印象が悪くなりそうだ。せっかく嫁ネタで盛り上がったところなのに。
気を紛らわそうとドアの上にあるランプを見上げたが、まだ半分も降りていない。どうしてこういう時に限って時間の流れは遅いのだろうか。
「なあ、嬢ちゃん。」
「なんですか。」
「コイツはこう言ってるけど、俺は正直嬢ちゃんがただで帰れるとは思わんのよ。」
「そうですね。」
「背中のソイツで俺に傷つけてみろ。できないなら、あんたの命は今日までだって覚悟しといた方がいい。」
その言葉に私は黙し、そして溜息を吐いた。なんつー勝手なことを。
だが、一理ある。周を使っても特に防御をする気のない彼に傷一つつけられないようなら、私は本格的に無力だ。大人しく引っ込むか隅っこで隠でもしていたほうが良いだろう。――何だかんだ言って好奇心はもう舌先まで来ている。こいつを外に出していいのか、やめておくのが身のためか。せっかく彼が試してくれるというのだから、ここはお言葉に甘えるべきなのかもしれない。
見たところイルミさんに私を止める様子はない。確認の意味で首を傾げてみると顎で男を指したので、むしろやってみろ、ということなのだろう。私は少し身構えた。
まず背中のナイフをホルダーから外し、背中に腕を回したままで出来る限り迅速に周をする。そして一歩だけ、踏み込むというよりはただ近寄り、腕を伸ばして無精ひげの目立つ彼の頬に両刃の片方を強めに押しつけた。もとからよく切れるナイフなので、この狭い中で振り回す必要はない。特に私は初心者中の初心者なのだ。例の病気と隠し芸のお陰でどう動いたらそれらしいかはわかっているが、どう動いたら危ないのかは知らない。
――それにしても、嫌な感触だ。手が震えないよう無理矢理敵意を持って罪悪感や嫌悪感を頭の隅に追いやると、また別の嫌な感触が腕の上をぞわりと這う。
「ほぉ」
つう、と細く流れた血を指で拭いながら、彼は目を細めて笑った。なんだかヒソカみたいだ、と眉間に皺を寄せる。実物を見たことは勿論ないわけだが、これで舌なめずりでもしていたら様相はかなり近いはずである。――要するに、今の彼はそのくらい恐ろしい。
私はすぐにナイフを引っ込め、一応血振りのような素振りを見せてから仕舞った。イルミさんがこちらを見ていたが、意味がよく掴めなかったので目を逸らして俯く。そのまま再び壁に凭れると、背中にじっとりと嫌な汗をかいているのに気づいた。
「(・・・この人、ぜったいものすごく強い)」
考えてみれば、この男は暗殺者で、かつイルミさんと面識があり、何より軽口を叩けている。つまり彼は筋金入りの暗殺一家であるゾルディック家に依頼されるような仕事をして、生き残っているのである。恐らくは余裕で。
桁違いの化け物は原作主要キャラくらいだろうと勝手に思っていたが、どうやら違うらしい。先入観はいけないな、と肝に銘じた。これから行く鳥の巣にだって、もしかすると化け物が生息しているのかもしれない。
だとすれば、どちらにせよ私は逃げに徹した方が良いだろう。どうせチャンネルは作動しないのだ。こういう殺伐とした環境に慣れるという意味以外では、そもそも居る意味もない。
それから十秒ほどの沈黙の後、扉は開いた。――さあ、気を引き締めなければ。
「なあ、イルミ。」
キルア達三人がエレベーターを降りてすぐ、ベッカーはいつもの調子で俺を小声で呼びとめた。面倒だが振り向くと、とっくに血のとまった傷口を触りながら嫌ににやついている。
「あの子、もしかしてお前にかけた念解くのに使った子か?」
「だったら何?」
「お前、あの子から目ェ離すなよ。」
「?」
意味が分からない。口には出さないが態度でそう言うと、依頼主の付き人に誘導されて車に乗り込んだ三人を見届けてから、ベッカーは話し出した。
「言い忘れてたが、あの念は解いても“生贄”に移るだけなんだ。」
「・・・」
「だがあの子は俺にエモノ向けても平然としてる。多少なりと殺る気は見えたのに、だ。じゃあそりゃ、こういうことだ。――あの子が俺の念を破壊した。」
ベッカーはそう言ってクツクツと喉で笑う。――破壊。が?あの時の状況をなるべく鮮明に思い出してみたが、そういう様子は全く思い当たらない。首をかしげていると、ベッカーは弁解するように続けた。
「破壊ってもな、色々ある。念の攻撃を無効化する念か、念を吸収する念か――これだとまず効かねえからな。または・・・そうだな、対応できなかったか。」
「対応できなかった?」
「俺の昔のツレでな、念のガード専門の奴がいたんだ。そういう奴にガードされてる相手じゃ俺の念はパーン、だよ。効かないわけじゃねえ。ある程度のガードは想定して対応できるようにしてあんだが、専門となると流石にな。ガード突破してる間にスタミナ使い果たして威力なんてのは無いも同然になる。そういう場合、ダメージはまず与えらんねえ。できてスタンだな。」
「・・・」
「様子見た限りじゃ、今回の破壊はガードのせいだ。精孔が開いただけだったろ?だが、今の時点であそこまで纏められるなら筋はいい方だな。・・・いや、あの分だと覚悟か誓いで底上げしてんのか。あぶねーやり方だが悪くはない。身のこなしはまるでなってねーが、たいした度胸だよな。何か事情でもあんのか?天下のゾルディックにひっついてるんじゃ。」
相変わらずよく喋る――が、的外れなことは何一つ言っていない。面倒な男だ。時々殺したくなるが(念をかけられたと気づいた時は本当に殺そうと思った)、仕留める自信がないというのが正直なところである。
トニー=ベッカー。余計なことはよく喋るくせ滅多に名乗らず、顔も隠していることが多いため名は知れていないが、腕は確かな暗殺者だ。プロハンターの資格も有しているため、暗殺の依頼がない時はそちらの伝手で身辺警護や賞金首狩りをしている。俺がこいつの念を食らう羽目になったのはそのせいだった。
「おっと、話が逸れたな。イルミ、くれぐれもあの子から目を離すなよ。」
「どうして?」
「得体が知れないからさ。俺の念を壊したのは誰かの厚意だとして置いとくにしても、んなこと出来る奴がバックに居るだけで十分警戒に値する。その上あの面構えだ・・・ありゃ化けるぞ。」
化ける。ベッカーの言うところが、俺が既に予想している彼女の変化のことなのかはわからないが、ともかく的は外れていない。――ずっと観察していると思ったらこうだ。やはり面倒な男である。
「化けるのは予測済み。むしろ化けてもらわなきゃ、いつまでもうちで預かることになるから。」
「その言い草だと、お前んちに居るのは修行目的か?暗殺ではないんだろ?・・・ああ、ハンターか?」
「提案したの祖父ちゃんで、やむを得ずだったけど。あんたの言うとおり筋はいい。」
「で、何でハンターなんだ?俺にはむしろ無欲そうに見えたぞ。」
「それは教えない。知りたかったら本人に訊けば?たぶんあの子逃げるけど。」
「どうしてだよ。怖がらせてはないだろ?」
確かに、怖がってはいないだろう。「たいした度胸」の持ち主なのだ、少し危ないにおいを感じ取ったくらいで大した動揺はしないはずだ。しかし彼女には「死ねない」という前提がある。こんな腹の読めない奴にあえて近寄るようなことはしないだろう。
そんなことより気にかかるのは“破壊”だ。彼女の言う「異世界」が方便であったとすれば有り得ない話ではないが・・・まあ、俺にかけられた念が無事解けた時点で彼女は十分な利益をもたらしているし、そこから今日に至るまでゾルディック家の邪魔になるような行動は特にしていない。それをあえて疑る必要はないだろう。ベッカーの念が破壊されていようがガードされていようが、無害ならばどうだっていいのだ。
考えている間に父さん達が降りてきてしまった。キル達を乗せた車はとうに出ており、残った付き人達がそれぞれ車を停めて待っている。俺達が話し込んでいるのを見てか、痺れを切らして喚いている一人を一瞥してそいつの車の後部座席に乗り込むと、当然のようにベッカーが隣に乗ってきた。別に文句は無いが、なぜ助手席に乗らない。そしてまるで俺達は仲がいいんだとでもいう風にこちらのシートの後ろに手を回してへらへらと笑い始めた。
「なあ、あの子何て名前だ?」
自分で訊け。
