『――・・・も十一月となり、早くもかなりの冷え込みが予想されます。お出かけの際には風邪予防に――』
「・・・。」

そろそろゾル家居候歴に貫禄がついてきていそうだったのであえて数えないことにしていたのだが、我が元祖師匠テレビ様は容赦なく現実をつきつけてきた。
――へー、十一月。ここに来たのが七月頭だから、あ、もう四か月も経ってるのか。ふーん。

「・・・そうだよね、最近外出てないけど窓の外白かった気がするもんね。」
「何ぶつぶつ言ってんの?」
「いや、時の流れは速いなあ、と・・・」

テレビの前で膝を抱えながら、背後で漫画を読みながらお菓子を食べているキルアに答える。部屋を移して私用にできるテレビがなくなったので、テレビが見たい時はキルアの部屋に来なければならないのだ。まあ、今日は見たいテレビがあったというより単にキルアにちょっかい出しに来たのだが。

「そういやお前来たの夏だったよな。・・・つーかお前引きこもりすぎじゃね?ブタ君と仲良くなんかしてるから、菌うつったんじゃねーの?」
「なめないで頂きたいねキルア君、私はもとから半引きこもりだよ。」

すごく楽しそうな声色で茶化すキルアを一蹴し、週末の天気予報をするお姉さんの背後の天気図をじっと見つめる。最低気温の数字が寂しい。夏の日本じゃひどいと40近くあったのに――。改めてげんなりしていると、お姉さんがとどめを刺しに来た。『特に標高の高い地域では今夜から明日の明け方にかけて雪がちらつくところもあるでしょう。』ああっフラグが!

「ううー・・・雪って・・雪って・・・」
、もしかして雪嫌い?」
「雪=冬=今年も一年がんばったね!ってイメージがあるんですよ・・・実質四か月が雪の影響で体感一年に・・・うわあああ」

頭を抱えて大袈裟な身ぶり手ぶりをしたらうざったそうに見られた。ばつが悪いのでとりあえず動くのをやめてチャンネルを変える。丁度アメリカのホームコメディみたいなドラマがやっていたのでそれにした。

「あ、そーいやさー」
「ん?」
「今度なんかでかい仕事あるみたいでさ、全員出ちゃうっぽいんだよね。」
「えー、寒い中留守番って心の底から孤独じゃんか。死んじゃう!」
「そんなんで死ぬかよ・・・いや、つーか、留守番じゃないと思う。」
「・・・というと?」

首だけキルアの方を向けて解答を待つ。彼は漫画から視線を上げ、またものすごく楽しそうに笑った。――なんだ、すごく嫌な予感がするぞ。

「イル兄が言ってたぜ、引きこもってばっかだから引き摺り出そうかな、って。」
「・・・外寒いよ」
「カルトと喧嘩すんのもいいけどさー、やっぱ戦えるようになりたいんだったら見なきゃ駄目だよな。誰も殺れとは言ってねーし、いいんじゃん?」
「いや、私はやらなくても私やられちゃう!余波でコロっと!」
「はぁ?むしろ死ぬほど頑丈だろ。」
「私はか弱い乙女です!」
「キモイ」
「ガーン!」

キモイ・・・キモイですって!?とわざとらしい演技をしながらよたよたと立ち上がり、「末代まで祟ってやるぅ!」と捨てゼリフを残して部屋を飛び出す。――ああ、言われてみればなんだか寒い。乾燥してきたのは唇がかさついてきたからわかっていたが、そうか、やっぱり冬なのか。

「・・・外ねぇ」

――正直、私は出ない方がいいと思うのだ。きっと好奇心が先走って大変なことになるに違いない。少年漫画大好き症患者とはそういう生き物である。わかっていても楽しくなっちゃったらやめられないとまらない。中二病に近いとても残念な病だ。
それと真面目な話、発がまだ未完成で危なっかしい。システム自体はもうまとまったし、流石仕事の早いミルキさんのお陰でリモコンもほぼ完成していてあとは私待ちらしいのだが、原因不明のバグとでも言うべき引っかかりのせいで最後の仕上げができていない。それでも無理矢理使えば使えないことはないが、精度にはかなりの不安がある。ふつうの物真似に毛が生えた程度の技ならともかく、本来の目標である攻撃的な技のコピーともなれば失敗は許されない。いくら使いこなしたようなふりをしていたって、結局私にとって念は未知の領域なのだ。いつどこで謎の現象と遭遇するか知れない。ある意味カルト君に喧嘩売られるより怖い。

うーむ。一筋縄でいくものではないとはわかっていたし、補正済みの例を知っているのにやる気をなくしもせずここまで来れたこの調子の良さに嫌な予感を心のどこかでは感じていたが、まさかここにきて足を引っ張ってくるとは。

「・・・うーん。」

まあ、まだ外に出ると決まったわけではないのだ。じっくり試行錯誤しようじゃないか。ここで時間がかかろうがかからなかろうが、どの道来年始のハンター試験は受けられない。暗殺一家に囲まれて平然と過ごせるようになったのだからメンタルは(ある意味)成長しているが、フィジカルはどうだと訊くまでもなく駄目なのである。何度も言うように。

目標としては、今年中に念をまとめて、来年はこれを使いながら体力づくりをする。体術はもう期待するまい。別にそっちがぺーぺーでも、念のレベル上げさえしておけば再来年頭のハンター試験ならなんとかなる可能性があるし、その次はキルアが一人勝ちの年だ。居候のよしみでノルマ分のプレートくらい譲ってもらえるかもしれなくもない。ハンター試験は基本的にルール無用だったはずだから、私が予習済みだというのがばれたとしても咎められることはあるまい。どっかのヒソカみたいにサクサク人減らすよりは明らかにマシだ。

「・・・一年ちょいかぁ、いけるかなぁ。」
「何が?」
「・・・。」

なんかこのパターン前にもあったな。
ゆっくり振り向くと、イルミさんがいつもの顔で立っていた。これから仕事に出るのか、ラフな服装とは間違っても呼べない、あのわけのわからないデザインの服を着ている。違和感がないから逆に恐ろしい。
色んな意味で何と挨拶しようか迷って予備の鋲らしきものが刺さった襟の辺りをじと目で眺めていると、彼の腕がすっと上がって左を指した。そちらには修行場に続く階段がある。

「ちょっと話あるから、下で待ってて。」
「え?あ、はい。」

頷くと、流れで頭をぽんと押してから彼は去っていく。お兄ちゃんとしてのイルミさんも私の中で大分定着しはじめているので今さら気にはならないが、やっぱり若干重たいのでよろけた。
――なんだろう。イルミさんが話、というと、大方は修行の日程だとか念についての助言だとかなのだが、待ってて、と言われたのはこれが初めてだ。何か準備が必要な話題なのだろうか。

なんにせよさっさと移動しよう。一息吐いて廊下の先を眺め、私は足早に下り階段を目指した。







一口に暗殺と言っても、舞い込む依頼には色々と種類がある。中でも大きく分けるなら二つ。暗殺らしい暗殺――特定の極少人数の殺害と、暗殺というより殲滅に近い多人数の殺害。

前者は特にとりたてて説明することもない。ターゲットが強い分には父さんや祖父ちゃん、場合によっては俺も含め数人で当たればいいだけだ。
だが、後者の場合は少数精鋭でどうにかなるものでもないことが間々あり、そういう時は家族総出で当たる。もっとも、そもそもそこまでの人数を殺す仕事は滅多に入らないし、入ったとしても他の暗殺者を既に雇ってある場合が殆どで、こちらがあえてカルトや最近耄碌気味のマハ爺ちゃんまで連れ出す必要はまずないが。

しかし今回の依頼は、過ぎるほどに典型的な後者だった。
なんでも、とあるマフィア同士が抗争の果てに作り上げた戦闘専門組織だかなんだかが規模を広げるうち、もとのマフィア組織から離脱して勝手に派閥を作り始めたらしく、このままでは裏社会の構造に関わる深刻な戦争が起きる、らしい。それを阻止するためにその派閥を殲滅しろ、というわけだ。その上依頼主は俺達以外にはほんの数人しか暗殺者を雇っていない。「他の暗殺者を末に雇ってある場合」ではあるが、まだターゲットに対して暗殺者の数が足りないのである。
カルトやキルアもその辺の暗殺者に比べればまずまずの力量を持っている。今回なら後方支援という意味で投擲の上手いカルトは必要だし、キルアは念を使えない相手なら一人でも十分処理出来る。ミルキは・・・まあ、自宅待機だが、あれはあれで別に仕事をしているから仕方ない。


そういうわけで家に残るのはミルキと使用人と、ということになるのだが、ここでひとつ気づく。

の能力は他からの影響を受けてこそ力を発揮するものだ。今もゾルディックの影響を受けている状態だが、受け続けていることは受けていないのと同じと言える。これでは試しようがない。
そうでなくてもは理詰めで考えすぎるところがあるから、このあたりで一度実戦を経験するべきなのかもしれない。実戦と言っても無論見学になるが、カルトの奇襲もなくなって大分平和ボケしてきているから、なんにしてもいい運動になるだろう。連れて行かない手はない。は防御だけはまともだから、それほど邪魔にもならないはずだ。家族総出で掛かると言っても、別に難しい仕事ではないのだし。

考えながら、倉庫で選んだ小振りのナイフを手にの自室となった修行場に向かう。
非常に今さらだが、長いこと使われていなかったせいで妙な空気の流れているこの階に住もうという考えはふつう浮かばないだろうに、彼女もあれで大分キているんじゃないだろうか。
出身のことは言わずもがな、はじめからどこか変ではあったが、当初はもう少し常識的な反応もできてたよな、ビビったりまごついたり。と思い出しつつ扉を開け、禅を組むような姿勢で椅子の上にじっと座っているのそばへ、持ってきたナイフをすべて投げた。は大袈裟にびくりと肩をすぼめ、高い音を立てて突き刺さったそれを見、最近よく見るじと目で俺を見た。またか、いい加減にしろよ、とでも言いたそうな視線だが、とりあえず無視して話を進める。

「もしかしたら聞いてるかもしれないけど、今度・・・水曜の仕事についてきてもらうことになったから。」
「・・・えええぇ」
「って言っても見学してもらうだけだから安心しなよ。」
「い、いや、当たり前ですよ!見る以外に何ができますか!」

それはそうだ。揚げ足を取るなら色々と突っ込めるが、ここもスルーして話を進めておく。

「でも念が出来てないなら一応武器持ってた方がいいかと思って、が使えそうなの持ってきてみたんだけど。いる?」
「・・・・・・・・」

は眉を寄せてじっと足元を睨み、十分な沈黙のあとでようやく頷いた。あんまり悩むので嫌なのかと思ったのだが、何やら血色が良い。どうしたのだろう、と首をかしげているうちには無言で一本選んで眺め始めた。
それは俺が持ってきた中では一番質素なデザインのものだったが、扱いやすさでもそれが一番だろう。中々見る目があるのかもしれないな、と興味深く眺めつつ、他のナイフを回収する。

「いいんじゃない?じゃ、出発までに慣れといて。」
「はい・・・あれ?今日って月曜ですよね。」
「うん。」
「う、うわ、猶予がない!」

は急におろおろとし始め、どこか宙をじっと見つめたかと思うと、またもとの表情に戻った。まあ慌てても仕方ないよな、とでも考えていそうだ。

「・・・それじゃ、俺他の仕事もあるから、また現地でね。」
「お忙しいですね。気をつけてください。」
「うん。も頑張って。」
「はい?あ、はい。頑張ります。」

自分に言い聞かせるように二度頷いた彼女の頭を流れで軽く撫で、そのまま踵を返して、俺はその場を後にした。






written by ゆーこ