ここで念の話になるが、私は操作系だ。と言っても自分のほかに持ってきたものは芋ジャとボロ靴と八十円くらいなもので、こちらで使っているものには特に執着はしていないし思い入れもなく、そこで操作対象と言われたらこれはもう自分を選ぶしかない。選択の余地がないわけではないが、時間が惜しいので選り好みしている場合ではない。
また特技に戻る。私の特技は特に道具を必要としない。身ひとつ、強いて言えば誰かほかに一人いてくれればいい。もちろん相性の良し悪しはあるが、どうしてもできない、というのはまあ、とりあえず今のところ出会ったことはないので、選り好みの必要はないと言っていい。
――よくもまあ、こうもきれいにはまってくれたものだ。これではもう私のすることは決まったも同然である。
「
「・・・・は?」
・・・と、ツッコミをくれないのがミルキ君である。うまいボケがこなければ対応できない程度のツッコミ能力しか持ち合わせていない私は自然ボケに回るわけだが(無理矢理ギャグにしないと辛気臭くてやっていけない)、やはりツッコミが来ないので少々むくれた。そしてぼそぼそと「コンセプトだよコンセプト」と付け足す。
「ネタ元は・・・話拗れるから置いとくけど、とにかくコピーなの。フリーなの。」
「よくわかんねーよ」
「え、いや、言いましたよね?特技がコピー・・・まあようするに物真似なんですよ私。ほら今のくだり君に話すの二回目じゃないで」
「それはわかってるっつーの。殺すぞチビ」
「ばっかやろう貧乳はステータスだ!」
「そっちの話してねーよ!あと俺は爆乳派だ!」
よしようやくツッコミがきた。が、予想外に攻撃のオマケまでつけてきたので全力で逃げさせていただいた。さすがにカルト君やキルアを見ているとミルキは多少遅く見えるのだが、それでも早いし、カルト君より重くて痛い。かすっただけの肩がひりひりするくらいだ。まあ、今さら肩すりむけたくらいでひゃーひゃー言うようではこのほっぺたは何なんだということになるので特にリアクションはしないが。
「すみません。でね、コピーの方は
「で?」
「私家庭科は得意だけど美術と技術はちょっと苦手なんだ。」
「・・・」
「それでも、家に代々流れる器用貧乏の血といいますか。全くできないわけじゃないんだけど、学校じゃ木工しかやったことないし、それだとちょっとアレだし。」
「・・・・」
「そんな私と違ってミルキそういうの得意らしいじゃない。というわけでミルキさん、もし宜しければ出世払いで媒介作りにご協力願」
「却下。」
うわあ、この人間鏡餅め容赦なく却下しやがって。気持ちはわかるが頭にみかん乗せたろか。私のひそやかなホームシックを思い知るがいい。
「大体お前出世出来んのか?プロハンターになるとかふざけたこと言ってるけど。」
「ふざけてるのは百も承知だよ。正直、なれると思ってやってるわけじゃないし」
「・・・」
「出世は・・・まあ、するでしょ。職業としてはアマチュアハンターでも十分だもんね。プロ目指してるのってただ特権がほしいだけだし。」
そう言うとミルキはコフーッ、という実に呼吸しづらそうな吐息を吐き、それから何か思いついたように変な笑顔で私の鼻っ面に人差し指を突き付けた。なんだろう。
「お前のその念の内容と制約、洗いざらい吐くってんなら、その条件で考えてやってもいいぜ。」
あーそういうこと言う。なんともミルキはミルキだなあ、となんとなく微笑ましい気持ちでへらりと笑い、私はあっさりと頷いた。もともとこの家の人には隠す必要がない。私には彼らに恩があり、彼ら(厳密にはそう言うべきでない気もするが)も私を恩人としている。そして両者とも恩を仇で返してまで利己主義に徹する理由がない。――と、断言しておこう。話が拗れる。ひとまず今現在から近未来において、私たちが敵対する可能性は限りなくゼロに近いのである。それに、私の特技がただ面白いだけであるように、この能力自体はべつに危ないものではない。説明を忌避する理由がそもそも全くないというわけだ。
「まだ形になってないから予定だけど、変更あったらそのときまた話すからいいよね。」
「あ?ああ・・・」
多少面食らったらしいミルキにまた少しだけ笑って、姿勢を正す。この間イルミさんにぽつぽつと話してみてから、またいくらか固まったのだ。文字にもしているのでその文面を思い出しながら、私は口を開いた。
「――能力名は“
そもそもの発端は我が家の生活リズムにあった。
父が健在の頃、我が家は言わずもがな四人家族で、父親はサラリーマン、母親は専業主婦というごく普通の家庭だった。――が、皆朝だけは挙動が忙しかった。
たとえば父さんには一体どんな汚い手を使って社会人続けてるんだと問い質したくなるような寝坊癖があり、毎朝朝食はおにぎりをくわえて飛び出していったし、母さんも母さんでその父の寝坊の血を半分ずつ引き継いだらしい私と兄貴を起こして、これまた口にご飯を詰め込み、私の爆発した頭をどうにかして、忘れ物がないか確認して――と、とにかく朝は忙しい。
しかしその代わり、夕方と休日はゆっくりしよう、という暗黙のルールがあった。けれど家族揃って特にこれといった趣味もなく、読書家もおらず、庭はいじるほど広くなく、外に出るにも人が多いところはなるべく避ける傾向にあったので、娯楽を求めるものと言ったらどの家庭でも同じように、まずテレビだった。
中でも私はかなりのテレビっ子だった。平日の朝が忙しいのは私にとっては当然だったので、自然と土日の朝のアニメやゴールデンタイムのアニメ、バラエティ番組等々、そういう明るくてとっつきやすくて憧れやすい世界ばかり見ていて、特にテレビを否定する要素がなかったのだ。それに私がテレビを見るときは、大抵傍に家族が居た。
そうしてテレビに釘付けになるうち、私は父の見よう見まねでやってみた特撮ヒーローの変身ポーズが割と万人にウケることを発見した。そしてそこから私のテレビを師匠にした物真似修業が始まったのだ。
いつの間にか(まあ、はっきり言えば父が死んでからだが)テレビから漫画、パソコンと見るものも変わって行ったが、実際には何も変わらなかった。面白いことがあればなるべくはっきり記憶して、身体や顔を動かしてみて、真似る。私にとってはそれだけで、意識しなければ忘れるほど当たり前だった。
――それと、これは今回の話には関係ないが、もうひとつ。中学一年の頃だ。その少し前から同学年の一部の男子の間で声帯模写の真似ごとのようなことが流行り、例によって少年の心を持っていた私は何の疑問もなくそれに乗っかった。はじめに真似したのは無難にバイクのエンジン音だったが、その時点で私は頂点に立っていたと思う。――そこから調子づいてやれあの芸人やれこの女優と模写し続けたのだが、どうも外れがないらしいのだ。あるにしても厳しい目で見なければ、まあまあ似ていた。もとから身体の動きや表情は作れたから、多少声が似なくても伝わったのだ。
かくして私の特技は本格的に「物真似」になった。――が、中三で受験勉強を始めると急激にやる気がなくなり、高校に上がってみると物真似なんてものをする機会はほとんどなく、結局日の目を見ることができるのは年に一回の文化祭くらいになってしまった。よって隠し芸に降格。バイトはしなかったが部活にも入らなかったので、結局一種ブームのようなものもクラス内に収まって、たいしてもてはやされることもなかったので、私自身特技のことを忘れていることも多かった。
しかし何にせよ私の特技は物真似で、クオリティは低くないと自負している。パフュームは意地と根気もあったが一晩で覚えられたし、ちょっとした動きであれば何度か練習すれば完全にコピーできる、と思う。念の覚えがいいというのもここに理由があったのだろう。
「――チャンネル数は最大12。基本的にコピーするのは念以外の“技術”だけど、念をコピーできないわけじゃない。でも六性とかあるし色々めんどくさいから、どちらにせよ基本的には戦闘技術やその他特殊技能をコピーする。コピーというのはあくまで“物真似”の発展形だから、コピーとは言っても実際には自分の能力が及ぶ範囲内で行う“模写”で、瓜二つにコピーするのは実質不可能。ただコピー元に限りなく近くする方法として“情報収集”がある。収集する情報はコピー元の技術の使用者の個人情報など。集まれば集まるほど本物に近くなる。ただ、集めすぎると私が扱うべきものではなくなってしまって逆に使えなくなるのでやはり完全なコピーはできない。ちなみにコピー方法は、対象の技術の一部始終をすべて“収録”して、ジャンル指定して、チャンネルの番号を指定するだけ。コピーし易いかし辛いかは私の技量によるのでその時にならないとわからない。だから、“収録”が一回で済むか何度もしなきゃいけないかははっきりしてない。とりあえず、明らかに筋力足りてないから、戦闘技術は一度じゃチャンネル作れないと思う。このあたりはこれだと使いづらそうだからもうちょっと制約つけて練り直すつもりだけど・・・それと、作って使わないチャンネルは一カ月で自然消滅する。あとは、えーっと・・・能力のイメージはテレビで、私をモニターと考えてるから、一度につけられるチャンネルはひとつだけ。それと、能力のオンオフは本体でも切りかえられるけど、チャンネル変更とか、まあこれはあんまり考えてないけどボリュームとかそういうものは、リモコンからじゃなきゃ変更できない。
今のところ決まってるのはこのくらいかなぁ。」
ほとんど一息に喋ると、ミルキは唖然と言った風に私を見た。まさか本当にべらべら話すとは思っていなかったのだろう。
「それで、そのリモコンをどうにか調達したいわけです。・・・・まあ、作ってもらわなくても、電気屋で適当に見つくろってくればいいんだけどね。どちらにしろ出世払いじゃない。けど普通に買ったやつなんて量産品だし、すごーくがんばらないとこうパキョーンと・・・」
「・・・・、」
ミルキはしばらく変な顔をしていたが、ふいに何か飲み込むように顔を俯けたかと思うと、ほとんど怒鳴りかかるような勢いで喋り出した。
「おまっ、イルミ兄に何教わってんだ!?あんなのただの挑発に決まってんだろ!何べらべらべらべらとネタバレしてんだよ!」
「えー、だって、そもそも隠さなくてもそんなに不都合ないし。」
「それは・・・まあ、そうみたいだけどさ。」
「でしょ?」
椅子に座り直して、何気なくミルキのシャツを裂かんばかりの腹肉に視線を落とし、何事もなかったような顔で彼と再び向き合う。ミルキは何か悩んだような顔をしていて、私の不躾な視線には気付いていないらしかった。
「ただ真似するだけだからコピー対象に被害が及ぶわけじゃない。違うシステムで同じことを“しようとする”だけだから、オリジナルにはどうやってもなれないしね。
言うだけ言ったので姿勢を崩して、オフィスチェアの足を踏みながら、英字やハンター文字が印刷された紙が散らばる部屋を改めて見回す。アニメを借りに来る時はさっさと用を済ませて帰っていたからわからなかったが、すごい部屋だ。食べ物のゴミなんかはメイドさんが片付けているからそれほど乱雑な印象は受けないが、部屋の半分を埋める大小さまざまなフィギュアといい、異様な空間である。
「・・・ていうか、むしろ知っておいてもらわないと、話こじれるでしょ。見習いは見て習うんじゃねえ見て盗むんだ!とはよく言いますが、知らないうちに盗まれたら、ねえ。」
他人の技を使うという点では某クロロさんと若干の被りを見せているわけだが(無論実際には比べるまでもないが)恩のあるこの家において、私はあくまで「教えてもらう」とか「貸してもらう」というスタンスをとるべきであって、勝手に借りて行ってしまうとか、まして盗むような真似をするのは精神衛生の観点から言っても望ましくない。ならば私がこういう能力を持っていて、教えたつもりがなくてもいつの間にか覚えてたりするということを話しておくのは必須だ。
「・・・OK?理解していただけた?」
「・・・・・・・ちっ、わかったよ」
「わーよかったー」
「で、そのリモコンってのはどういうのがいいんだよ。」
「・・・・え、あれっ?マジで?そこまでわかってもらえちゃってたの?よっしゃ!!」
「・・・・お前、たまーに普通になるよな」
なるもなにも、もともと普通だ。いや、キルアにも馴染んでるとか言われたことだし、やっぱりゾルディック節に大分流されているようだが、もとからそう我が強いわけでもないんだから流されるだろ、普通。
苦笑しつつも椅子を引いてミルキに少し近寄り、ポケットに入れていた念能力についての覚書を渡す。今度こそ変な顔をされたが相手もそろそろめんどくさくなってきたようで、何も言わず受け取ると真面目に確認しはじめた。
私の方は全くの手持無沙汰になったので、細い目が伏せられてただの糸目になるのをじっと観察しながら、この人も痩せりゃ外に出る気になるだろうに、と考えたりしてみる。完全に母親似だろうイルミさんやカルト君があのレベルで、お父さんは言わずもがなのルックスなのだから、彼もお肉がどうにかなればきっと相当の美少年のはずなのだ。それがこんな、引きこもりでぷよぷよのオタになってしまったらそれこそ外に出ないし動かないしで横成長が加速して、仕舞いにはそこのドアから出られなくなるんじゃないだろうか。そうなったらもう「引きこもり」どころの騒ぎではない。「引きこもらざるを得ない」である。今の時点でもけっこう苦労しているはずなのだが、パソコンの横にあるお菓子のストックを見る限り危機感はないらしい。――でもまあ、彼はこの体型だからいいのだろう。これで痩せててここの家の標準レベルにムキムキでオタクで引きこもりでキレやすくて目つき悪くて鞭で弟パシーン!な人だったら、いくら同い年の二次元大好き仲間とはいえ彼にアニメDVDやらを借りようとは思わなかった。雰囲気自体は彼が一番刺々しいのだ。刺々しいと言うか痛いと言うか。
私が色々と失礼なことを考えているうちにメモを読み終わったらしいミルキは、ドスドスと鈍い音を立てながら移動してどこからかペンや定規を取り出すと、キーボードを乱暴にどかしてパソコンの前に座り、何やら作業を始めた。いつものコフコフ言う息も静かになって、なんともインテリジェンスな雰囲気が漂っている。が、椅子からはみだしかけたお肉のせいでやはり絵にはならない。お肉もここまで来ると不安だ。彼の横成長が今後も続くとすれば、あのお肉がもっとこう――
・・・やっぱり痩せた方がいいんじゃないかな。ちょっと真剣に考えはじめたところで、彼は振り向いた。まんべんなく肉付いた手にはきれいに清書された設計図らしき絵が描かれた紙がある。・・・遠目に見た時点でカッコよさ満点だ。やろう少年漫画大好き症患者のツボというツボを心得てやがる。
「こんなんでいいだろ。」
「いいっす!すごくいいっす!!流石ミルキ様!」
「誰だお前」
「です!ありがとうミルキー!」
ママの味!と付け足したらぶん殴られそうなのでやめておいたが、今にも大好き症の発作が起きそうなテンションはそのままに無理矢理握手して丁寧にお願いして、覚書だけ返してもらったらさっさと部屋を出た。――何だかんだ言ってやはり無為に長居するには怖すぎる。なんなんだあのフィギュアの量。
「・・・よし!」
ガッツポーズを決めて、緩む頬をそのままに下り階段に急ぐ。――さ、頼んだからにはこっちもがんばらないと。
