「・・・お前は一般人じゃないのか?」
「間違いなく一般人です。むしろ平和ボケが甚だしいくらいです。」

自信を持って即答すると、シルバさんは少し変な顔をした。ならどうして妙な二択を持ち出したのか――とでも言われそうな気がしたので私はひとまず姿勢を正し、低姿勢で先程の二択に付け足す。

「いえ、いっそ始めから嘘を言ってしまったほうが丸く収まったと思うんですが、あえて嘘を吐くというのも不誠実に思われますし・・・かといって本当のことを言っても信じてもらえなくてバッドエン・・・もっと血を見ることになるような気もしなくもなく・・・」
「ようするに、妙なとこから来とるんじゃな?」
「そ、そういうことです。」

ゼノさんに頷くと、シルバさんの視線が私を真っ直ぐに捉えた。恐いのでつい逸らしてしまったが、意識は彼に向けたまま訊ねる。

「・・・えっと・・・どちらがよろしいでしょうか。」
「そうまで言われると、事実の方が聞きたくなるな。」
「・・・わかりました。」

浅く会釈して、何から言うべきかぐるぐると考えた。しかし脳内だけでまとめるのは私の脳味噌のスペックでは不可能である。それに事実を言うと言ったって、いくらなんでもこの世界を描いた漫画があって貴方たちはその登場人物だったんですよ★とは言い辛い。というか言わない方がいいだろう。
しばらくして顔を上げると、視線がまた私に集中していた。気圧されて変な声を上げそうになったがなんとか堪え、私はおずおずと口を開く。

「・・・私は一般人でただの学生で、それ以上でもそれ以下でもないんですが、念を知ってることは別に不自然じゃないんです。私がいたのは、・・・言ってしまうと、“異世界”らしいので。」

――視線が泳いでしまったので反応は見えなかったが、たぶんさっきほど変な顔はされなかったと思う。ただ、なんだそんなことか、とも思われていないだろう。さっきよりずっと注目されてる感じがする。たじろぎながら、私はさらに続けた。

「・・・こちらにも存在はすると思いますが、あちらでは・・・特に私の関わっているところでは、多世界の観念が割と浸透していて――人によっては“異世界”って大雑把な括りでなく、特定の“世界”のこと・・・ここだと、ハンターが歴史の局所にいることとか、そのハンター達が使う“念法”のこと・・・それと、名高い暗殺一家のことも、知ってたりします。」

そこで一度区切り、視線はぼんやりとさせたままで一息吐く。――なんとかそれっぽく言えたんじゃないだろうか。よし、いける。この調子だ。

「でも、異世界の観念はありますけど、どちらかというとお伽噺に近くて・・・存在は肯定しても、実際に行くなんていうのはお話でしかありませんでしたし、私もここに来た原因はさっぱりなんです。そもそもこの現象自体疑わしいというか・・・ここがククルーマウンテンで皆さんがゾルディック家の方ならまず間違いはないと思うんですけど、あまりにもあんまりなので、事実とは言いましたが信じてくれとは言いません。出身がどうあれ、浮浪者みたいなものであることには変わりないですから。」
「・・・だそうだ、親父。」

シルバさんがゼノさんに言った。また視線を適当に遊ばせていたのでその顔は見えなかったが、シルバさんの声色はどこか楽しげにも聞こえる。――どうか殺さないでやってください。本格的に祈りながら、血でべとつき、ところどころ乾いて引きつった両手の指先をそっと合わせる。ぺとりとくっつく感触が生々しいが、自分の血なのでそこまで嫌な感じではない。
どぎまぎしながらゼノさんの方を向くと、彼はまた何やら満足げな笑顔だった。――いや、そこ笑うとこじゃないはず。もしかして頭がアレだと思われたんだろうか。もういっそそれでもいいけど、どうか殺さないでやってください。

「お前さんもイルミも気づかんかったようだが、実はあのときワシも近くにおってな。」
「えっ」
「そうだったの?」

た、助けようよ!そんな、がんばった私はなんだったんだ!ショックでふらつきながら、しかし正気はなくさないようじっと堪える。彼は続けた。

「初めから心配いらんような気がしとったわ。孫が妙な念にやられて、しかもその場には妙な娘しか居らんのに、どうしたもんかと思っとったが――部外者も侵入者も、そんな遠くからじゃあ最早警戒する余地もないな。」
「・・・信じていただけたんですか?」
「何じゃ、ワシがいちいち食ってかかるような頭の固いジジイに見えるか?」

いや、まさか固くはないだろう。凝り固まったような人があんな戦闘をできるわけがない。脳内で彼らと某団長さんの闘いを放映しつつ首を横に振り、それから確認するような視線をシルバさんに向けると、彼は思い出したように尋ねた。

「ところで、はこれからどうするつもりだ?」
「それはもちろん帰りたいですが・・・」

しばらく怒られていなかったのでわからなかったが、よく考えればあそこまで、それこそブリザードが吹き荒れるほどの冷気を背負って立ちはだかられたことは、これまでにはなかった。正直あの時の兄貴はリアルの団長さんぐらい怖かったのではなかろうか。本物を知らないのではっきりとは言えないが、なんだかこう、ああいうタイプの極悪非道オーラが出ていたように思う。その上いきなり消えて何日何か月といなくなっていたりしたら次会った時は氷づけ確実である。現実的に考えても母と兄が諦めれば私の存在はそこで死ぬのだ。トリップ夢は読んでもトリップしたいと願ったわけではない。さっさと帰るのが理にかなっている。・・・理にかなっているが。

「どうやって?」

イルミさんがきょとんとした・・・というかいつもの顔で尋ねる。私はうっと言葉を詰まらせ、そっと溜息をついた。――そうなのだ。
とりあえずは田舎に放り出してもらうことで衣食住はなんとかなるだろう。都会に投げ込まれると身分の証明がきかないからろくな仕事はなさそうだが、アナログな環境であればそういう心配はあまりない。――しかし、そこからどうやって情報収集にこぎつけるのか。

「そういう事情なら手持ちはないんでしょ?調べ物するにも金はかかるよ。」

そういうことである。そしてのろのろと稼いでいる暇はない。兄貴に殺されるか、兄貴がどうこうしなくても私がホームシックで死ぬ。――となるとやっぱり盗みに手を染めるしかないんだろうか。しかし何を盗めばいいんだ。全く分からん。

「ええっと・・・とりあえずどこか身分証明の必要無さそうなところに放り込んで頂ければ・・・」
「それは構わないが、いいのか?それで帰る方法が見つかるとは思えん。」
「う・・・」

シルバさんのあまりの正論に何も言えなくなっていると、ゼノさんがいつの間にか目の前にいた。

「まあ、そう一人で解決しようとするな。」
「(完璧私一人の問題なんだけどな)」
「自分一人の問題だと思っとるだろ」
「うっ!?」
「さっきから全部顔に出とるわ。大方泥棒稼業でなんとかしようと思っとったんだろうが、ワシらとて家人の恩人にわざわざ貧困生活させたかないわい。――そこで提案じゃ。」
「・・・?」

・・・なんでだろう、あんまりいい予感がしない。眉を寄せたままで、大体同じ目線のゼノさんと視線をしっかり合わせると、彼はにやりと笑った。――あれ、すごく嫌な予感。

「帰る方法を探すにしても、それだけの伝手と能力が必要になる。知っとるようだから詳しくは言わんが、プロハンターになったらどうだ?趣旨は違うだろうが、探し物にはうってつけじゃろ。」
「そ、それも確かに頭の隅の隅にはありましたが、体力的にも能力的にも問題が・・・」
「そこじゃ。」

ゼノさんが人差し指を立て、先を私に向ける。――なんだろう、この逃げられない感じ。決して圧力を掛けられているわけではないのだが。

「ワシらでその体力面と能力面のサポートをしてやる。」
「・・・意味を聞いてもよろしいでしょうか」

希望は潰えた。しかしとりあえず悪あがきをしてみることにして、そう尋ねる。ゼノさんは私がそう言うのがわかっていたように笑い、予想通りの、しかし喜び辛い、あの回答をくださった。

「しばらくここで修行していけばいい、という意味じゃ。」
「・・・」


――――兄貴、助けて。





written by ゆーこ