1.説明無用の茶番劇
どん、がん、がしゃん、がたん、ばきん、めきめき、ずるり。
その瞬間、聞き分けられないくらいたくさんの音が一斉に頭の中に飛び込んできた。ひとつは私の背後から。またひとつは頭の横から。そして顔の前から。最後にお腹の中から。私は驚いて身体を固くしたまま、ただそれを聞いていた。
「うわぁあああ!!!」
鼓膜が痛い。身体が熱い。誰かの叫び声が近づいたり遠退いたりしている。目を開けてもだまし絵みたいに歪んだ風景がちかちか点滅しているだけで、何が起きているのかさっぱりわからない。落ち着いて息をしようと口を開くと、苦いものが喉の奥から流れ出してくる。身体が痛い。頭が重い。
それからふっと意識が遠退いた。もしもこれが明晰夢か何かだったなら、私は幽体離脱だドッペルゲンガーだと騒いだのかもしれない。私はどこか遠いところから、ぼんやりと私の姿を見ていた。
そしてぐったりと横たわっている自分が見えなくなるころ、私はあることに気がつく。
――どうやら私は死んだらしい。
* * *
どすん、がっしゃん、がらがら、と派手な音を立てて、一昨日積み上げられたばかりの廃材の山が崩れていくのが見えた。
一瞬の間を挟んで、すぐに外が騒がしくなる。野次馬達がぞろぞろと出ていくのを横目に見ながら、俺は溜息を吐く。
ここのところ「廃棄物」の量が増えている。中には危険な物も混じっていて、俺達が処理に駆り出されることも少なくない。それ自体は迷惑というほどではないのだが、廃棄物ひとつひとつにいちいち議論する議会の爺さん達にはうんざりだ。
読みかけの本に栞を挟んで閉じる。あの様子ではまた呼び出されることになるに違いない。どうせ行くなら自分から向かうのもいいだろう。
外に出て、すぐ左のところにその山はあった。今は頂上がひしゃげて山と呼ぶにはいささか不自然な形状だが、この状態を明確に表現できる言葉が見つからないので山と呼ぶことにする。
かなり大袈裟な音だったからか、いつもよりも野次馬が多い。その中に知った顔を見つけたので、軽く手を挙げ挨拶ついでに様子を聞いてみることにした。
「どうだ、フィン」
「おークロロ。いや、よくわからねーが、何か落ちてきたみたいだぜ」
「やっぱりそうか。飛行船の音はしなかったけど」
「そういやそうだな。じゃあ相当上空からってことか?」
「そうかもな」
相槌を打って、議会の人間であろう防護服の男が山を登っていくのを眺める。
あれだけ派手な音がして、異臭もないのだから十中八九無機物だろうが、ただのコンテナだと思っていたモノの中に厳重に包まれた十数体の死体が詰め込まれていたこともあったのだ。開けてみるまで何が出るかは分からない。警戒の姿勢を取りながら、頂上まで登った男の視線がこちらに向くのを待つ。
「……」
男はしばらく崩れた頂上を眺めていたが、やがて諦めたように背を向けると地上に戻って来た。そしてガスマスクの奥からくぐもった声で言う。
「何もない」
「あんだけ派手な音したのにな」
フィンクスが不思議そうに首を伸ばして山の方を見る。俺も気になって一瞬同じような格好をしたが、すぐにやめた。既に野次馬は散っていたが、近づかずに見るには限界がある。代わりにオーラを両目に集中させ、《凝》をする。フィンクスも「なるほどな」と呟くと、オレよりいくらか高い位置から《凝》で山をじろりと一回り眺めた。そして首を傾げる。
「何もねェな」
なんとなく納得いかずに、野次馬が去っていくのに逆らって山を登る。フィンクスも後からついてきたので、足場の悪い場所を注意しておいた。この山は辺り一帯でもひときわ金属の類が多い。無警戒に踏めば無駄な傷を作りかねない。
頂上まで登ってみて、俺達はようやく議会の男の気分がわかった。
――本当に何もない。
ひしゃげて見えた山の頂の中央が少し窪んでいるだけで、新しいものが落とされたようには見えないのだ。
「本当、何もねェな」
フィンクスがかえって面白いものを見たように言う。俺も期待外れが過ぎて笑えてきていたが、口元を緩めるに留めた。何もないなら帰って本を読もう。まったく、とんだ邪魔が入ったものだ。
窪みに背を向け斜面を滑り降り、ほとんど吐息のような溜息を吐く。期待して損をした。
「……期待?」
自分の言葉を反芻して、首を傾げる。いや、あんまり大袈裟だったから、何かあると思い込んでいたのだろう。そう結論付けて、山に完全に背を向ける。
「あれ、痛くない」
背後から声がした。
驚いて振り向けば、確かに何もなかったはずのゴミ山の頂上に血塗れの女が座っていた。
ここからでは頭しか見えないが、何かの冗談のように血を被った姿はいやでも目につく。
――気配はなかった。当然音もしなかった。
――ならアイツはいつからあそこにいた?
気が付くと俺は再び山に登っていた。赤く染まった顔が俺を見上げ、きょとんとしたように目を見開く。この距離に立ってもなお気配は感じられない。しかし《凝》で見れば、うっすらと身体を覆うオーラが幽かに揺れているのがわかる。《絶》――つまり纏うオーラを消し気配を隠しているのではない。かなり高度な《隠》か、姿を隠すための念か。どちらにしろ只者ではない。
半ば睨みつけるように女を見下ろすと、彼女は焦り顔で両手を挙げて降参のポーズを取った。
「ど、どうした少年。目からビームが出そうだぞ」
どうやらこいつはバカらしい。
あまりの緊張感のなさと場違いな言葉に、つい一瞬前まで頭にあった疑問が完全に吹き飛んだ。
しばらくお互い固まったまま睨み合っていたが、女はやがて思い出したように両手を下げると、取って付けたようにお辞儀をする。
「です」
そいつはそう名乗り、血みどろの手を膝で擦って握手を求めてきた。
怪しい。というか、おかしい。