5.よーい、どん
――あーあ、死んだ。
頭の中で私のような誰かがそう言って、大げさに溜息を吐く。私は首を傾げた。たぶん私は生きている。きっとジンが助けてくれた。死んでなんかいない。誰、死んだなんて言ってるの。
――いーや死んだ。お前は死んだよ、。
私は自分の口でそう言った。でも、と言い掛けてやめる。確かに私は死んでいた。
――願いは叶わないようにできてるんだよ。死んだヤツが生き返ったりしない。お前はやっぱり、死んでるよ。
私は続けてつらつらと口に出した。鼻の奥が痛い気がするのに、目の上には雲がかかるだけだった。
* * *
予想したとおり、を襲ったのはここの前任を襲ったのと同じ人間だった。恐らくは操作系能力者。捕獲した危険生物を操作し、事故に見せかけて邪魔者を排除していたのだろう。詳しい動機はこれからふんじばって聞くことになるが、それよりも今はだ。
出血のショックか落下のショックか、息はあるものの返答の無い彼女を小川のほとりに寝かせる。もしこれが落下のショックだったらそれは半分俺のせいになるわけだが(手動操作だったのか、相手を気絶させたら鳥が正気に戻ってしまった)言わなきゃわからないので黙っておく。
手近な布を裂いて小川の水に浸し、乾いた血を拭ってやると、は眉を顰め、間をおいて目を開けた。焦点は合っていないが、それはいつものことだ。どうやら意識はあるらしい。
「……ジン?」
「おう。生きててよかったな、普通ならまず失血死だぜ」
「血は……たぶん……平気……」
ぼそぼそと呟きながら、はゆっくりと起き上がった。そして気分悪げに顔を歪める。
「普通に貧血じゃねーかよ」
「頭がまわらない……でもぐるぐるする……ふしぎ……」
「それはいつもだから安心しろ」
と突っついても反撃が無いので、どうやら本当に調子が悪いらしい。だがまあ、脳天割れて脇腹刺されて大量出血しても調子が悪いだけならむしろ上々だ。
項垂れるを何気なく凝で見ると、彼女のしているのがやはり《絶》ではなく《隠》であるとわかる。オーラの目視はできても、感知することができない。かつ、足音や衣擦れの音をも極端に意識させないようにする。まるで幽霊のような、そういう能力。
「やっぱり、使えるんだな」
「何を……?」
「念」
そう言うとは直角まで首をかしげ、それからはっとしたような顔でこちらを見た。
「聞いたことあるよ。前私を捕獲して遊んでた子たちが言ってた」
「ようするに小耳に挟んだ程度ってことか?」
「うん」
なるほど。頷いて、またぐらぐらと調子悪そうに傾き出したの肩を支えてやる。見かけによらず回復は速いのだが、今は早く小屋に戻って休ませたほうがいいだろう。
「立てそうか?」
「むり……」
「じゃあじっとしてろよ」
脇腹に触らないように抱えてやって立ち上がり、足早に小川のほとりを下っていく。
運んでいる間、は珍しく終始黙っていた。いつもはだいたいやかましくどうでもいいことを喋ったり、話題がなくなるとしりとりに巻き込んできたりするのだが、そんなに傷が痛むのか、あるいは貧血が重症なのか。流石に少し心配になって「おーい」と声を掛けると、は目を逸らしたまま生返事をした。
「どうした?腹痛ぇのか?」
「お腹は痛くないけど」
それもどうなんだよ、とは言わずにの視線の先を見る。血や泥に汚れた手が、くたりと弱々しく開かれている。
「ごめんね、迷惑かけて」
「謝んなっつーの。お前にゃ期待してねーし」
「だって、なんかちょっと悔しい」
何に対してそう思ったのかはよくわからなかった。しかしいつもはへらへらしているばかりのが、怒ったような顔でじっと自分の手を見下ろしている。
「……じゃあ、お前俺の弟子になれ」
――と、深く考えもせず言ってしまうと、なぜか急にの顔が見れなくなった。
またきょとんとして説明を求めるようにこちらを見ている気配がする。が、俺は明後日の方向を向いたまま、軽く咳払いをして適当に続けた。
「何もできなかったのが悔しいんだろ?できるようにしてやる。……付いて来れるならな」
「ジン……」
頷くように足をばたつかせるに、やれやれと顔を背けたままで息を吐く。なんでこんなバカの師匠に名乗りを上げているんだか、自分でもよくわからなかった。
暇があるわけじゃない。やりたいこともやるべきことも山のようにある。その上で寄り道をするのがハンターの本懐だとは思っていても、面倒なことからは逃げてしまうタチだ。
それでも、このという奴を放っておくのは何か勿体無いことのような気がした。
――こいつはたぶん、面白い。
「ジン、何ニヤニヤしてんの?」
「るっせ!落とすぞテメェ!」
