3.流れ星と同じくらいの確率



「――ならば無意識に隠を使う理由はわからないが、とにかく"人間"の尺で測るべき相手でないことは確かだ」

 ふーん。隅っこで地面に落書きしながら聞き流すのは、なぜか少年クロロに大いに興味を持たれ、ここ数日彼に軟禁されていた私自身に関するなんやかんやだ。ネンがどうとかオーラがどうとか聞こえるけれどよくわからないので真面目に聞くのはもうやめた。

 クロロ君はやはりとても頭がいいようで、歳を聞けばおおむね予想通りの十三歳だというのに、私でもわからないような言葉やたとえで会議をすらすら進めてしまう。それについて行けている他の子達も相当だ。私には自分が面白がられているということ以外何一つわからない。とりあえずその、壁に描いてる文字はなに語?

「腹の傷についても本人は痛みを訴えていない。それより問題なのは肉が切れて臓器が無事だという事実だ」

 これはわかる。轢かれて死んだので、本当なら身体は半分潰れているはずだ。人間、ピストルでお腹を撃たれても意外と死なないそうだが、大事な臓器がなくなったら生きてはいられない。踏み潰されたときの感触はもう覚えていないけれど、どこが潰れたかはよく覚えている。誰かがそれを見て悲鳴を上げていたことも。

 思い出したら耳が痒くなってきたので忘れることにして、聞き流していたクロロ君の演説に再び耳を傾ける。

の言う死がいわゆる死と同義であるなら、今そこで生きている彼女は
@相当強力な念によって具現化されたもの
A相当高度な治療を施された念能力者――この場合治療というのも念だろう。
B人間ではない、生まれつき念かそれに近い何かを使えるような種族。まあ、他にも色々と考えられるが、現段階ではどれも無根拠だ」

 やっぱわかんない。だからネンって何。

「記憶をいじられてるってことは?」
「それはパクノダに聞こう」
「無いと思う。他にもいくつか読み取れたけど、一人の人間の記憶よ。特におかしなところはなかった」
「なら、その線は限りなく薄いな」

 なんだなんだ君は、まさか名探偵クロロ君なのか?真実はいつも一つ!と呟きながら落書きした豆状の物体に手足を生やす。カ●るんるんのつもりだったがなんだか違う物体になった。絵心って何だろう。

は間違いなく死んだ。それから今に至るまでに何らかの形で念を得ている。あの様子なら無自覚だろうから、もとから能力者だった可能性は極めて低い」
「天性の能力なんじゃないかしら。それが死後強まって生き返ったとか」
「有り得る。ただ、そうなるには強い拘りや意思が必要だろう? 今のところ、アイツにそういうものがあるようには思えない」
「隠してる可能性は?」
「アイツにそんな能はない」

 なんだ、つまりバカって言いたいのかクロロ君!思わず立ち上がって、クロロ君の視界に入るように、さっきから質問している金髪の美少年の背後に立ってじたばたしながら不満を表現してみる。彼はちらりと一瞬視線をこちらに投げ、明らかに「何か言ってるけど無視しよう」という顔で目を逸らし、何事もなかったかのように話を続けた。

 クロロ君はいつもこうだ。私の死人的なところは面白がるくせに、本人にはまるで興味がないのである。ついでに人権もあんまりない。常に観察されているうえに寝る場所も与えられず、いつも地面に転がされている。

 ちくしょう、と地団駄を踏んでみると、なぜか驚いた様子で金髪美少年が振り向く。

「……いたんだ」
「いたんだ!?」

 思わず大きな声を出してしまった。ずっと隅っこで幼稚園児レベルの暇つぶしをしている奴をみんな見て見ぬふりしてくれているのかと思っていたら、フリとかではなく本当に完全に見えてなかったとでもいうのだろうか。そんな、それじゃあまるで本当に幽霊になってしまったみたいじゃないか。

 私がショックで震えていると、クロロ君は真顔で、しかし心なしか楽しそうな様子で話し始めた。

「言っておくがはじめから居た。離れるなと言ってるからな」

 そう、だからこそ軟禁なのだ。閉じ込めたりはしないけれど「離れるな」ときつく言いつけて、ちょっとひとりで出歩こうとしようものならすごい勢いで捕まえにくる上、痛くないのをいいことにけっこう本気で引っ叩くし、ひどいと手足を折りに来る。
 最初の何回かで懲りて大人しく従うことにしたものの、こうして隅っこで過ごす日々は退屈でしかたがない。本当はあちこち探検してみたいのに、この悪魔みたいな少年のせいでなにひとつ思う通りにいかない。
 と、言っても引っ叩かれるだけなのでふてくされて縮こまる。すると、今まで黙って話を聞いているだけだったノブナガ君が面白がるように言うのが聞こえた。

「いるのに見えない、か。透明人間ってとこか?」

――かちりと、何かが噛み合うような感じがした。

「それだ!」
「は?」

 訝しんで眉をひそめるノブナガ君に人差し指を向けたまま、私はにんまりと笑った。
 わざとじゃない。なんだか無性に、笑えてきたのだ。

 その場にいる全員が表情を変えた。私はその様子を見てさらに笑う。

「……消え、た?」

 マチちゃんが唖然として呟く横を、私は悠然と通り抜ける。
 誰も私を見ない。誰も私に気付かない。今ならどこへだって行ける。どこへだって行ってしまおう。


 流星街の地面を蹴る。飛び跳ねるように私は消える。
 行き先を知っているのは、私だけだ。
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