私は目の前の男をじっと睨んで、内心完全に降参してしまっているのを必死で隠した。相手の名前は多分イルミ=ゾルディック。暗殺一家ゾルディック家現当主の長男坊である。たぶん。
私の職業は所謂情報屋というやつで、いろんな企業やその他もろもろ口では言えないお仕事の皆さんの秘密や機密を売買している。いちおうお客様の情報は売らないですよと言ってあるが、たまーに端っこを切り売りしてしまっているのが現状の、ようするにそこまでしっかり信頼されてない情報屋である。
信用で商売やってるのに信頼されてないって致命的じゃない?というツッコミはごもっともで、事実私はぜんぜん儲かっていなかった。いや、逃げたクソ親父が擦り付けてったアホみたいな借金を返していたから、というのも理由の一つなので実際そこまで致命的に信頼されていないわけではないのだが、きっとたぶんそのはずなのだが、恨みを買わないように細心の注意を払って商売をしてきたというわけでは全然ない。むしろ来るなら来いやコラァ!とやけくそで商売をしていた時期があり、どれかといえばその頃の失態が響きに響いているというのが一番正しい説明である。
だからこんな、暗殺一家の息子さんに見つめられる羽目になっているわけだが、そこであっさり殺されてあげないのが私の凄いところである。たぶん誰も褒めてくれないので自分で褒めておく。私の凄いところは中々死なない所なのだ。
既に私の体には無数の針が刺さっていて、長身の彼の長い腕は止めとばかりに私の胸の中央を貫いていた。でも私は痛くもなければ苦しくもない。ただひやひやしながら目の前の男を睨んで、にやっと口角を上げて見せるのである。すると彼は首を傾げて、おかしいなあ、とでも言いたげに腕を引き抜く。そこには血も臓物も、もちろん骨の一片も残っていない。
「殺されないための能力か。考えてなかったなぁ。」
でしょうとも。必殺の能力が必ずしも文字通り必殺であるわけではないように、殺されない能力は不死ではない。いつかどこかで絶対に殺されるのだ。たとえば防御をものすごく上げるとか、ものすごく速く逃げるとか、危険を察知してそもそもその場に近づかないとか、いろいろ方法はあるが、全部攻略が可能である。よってそれは殺されない能力ではなく、防御を上げる能力とか逃げる能力という呼び方をされる。殺されない能力というのは実現が難しく、だから絶対数がとても少ない。除念能力くらい少ない。だから彼のように場数を踏んだ暗殺者でも、あまり予想をしない。
すごいでしょ、すごいでしょ、と胸を張りたいのにやっぱり怖くて、私は相変わらず虚勢の顔を貼り付けて相手をじっと見つめていた。大きな猫目がこちらを見て、どう殺そうか考えあぐねたように、とりあえず、という雰囲気で、今度は私の首を掴む。折れるかと思うくらい強く握られたけれど、やっぱり私は死なない。恐怖だけがぞわぞわと首のあたりから頭の中をぐるぐる回って出口を見失っている。
「参ったなぁ、どうやったら死ぬ?」
それ教えちゃったら死んじゃうじゃないか。言うわけない。私は口を真一文字に閉じて、あからさまに目を逸らす。彼は「うーん」と唸って、更に強く私の首を絞める。感情らしい感情はないように思われるが、野生の勘が「今彼はイラついている」と告げている。これ以上粘ると本当に殺されちゃいそうだ。こわい。どうしよう。考えながらとりあえず口を開いて、首を絞められているせいで変に突っ張る顎のあたりを針だらけの手で少し触りながら声がちゃんと出るのを確かめて、にこっと笑う。
「あの、たぶん無理なんで、諦めてくれたりしませんか?」
「面倒だしそうしたいんだけど、仕事だからね。」
「じゃあ、私からあなたに依頼をするというのは?」
「どんな?」
彼はにわかに手を緩めて、ちょっと首を傾げた。彼としても任務を完遂できないのは気持ちが悪いのだろう。この状況を脱したいと思っているのがぼんやりと伝わってくる。
「私を殺すよう依頼した人を殺して下さい。」
「・・・うーん、ちょっと待って。」
彼はポケットから携帯電話を取り出し、どこかへ掛ける。「ターゲットなんだけど、殺すの時間かかりそうなんだよね。しかもこっちの依頼人殺せって依頼されちゃった。」という台詞から察するに彼のお家だろう。私はどきどきしながら無表情に喋る口元をじっと見つめ、祈るような気持ちで返答を待つ。耳が良いわけではないので電話口の声ははっきりとは聞き取れない。でも嫌な雰囲気はない。やがて大きな猫目がこちらに降ってきて、私に言った。
「割増料金でいいなら。」
去って行った彼の背中が小さくなって、ふっとぶれてどこかへ消えるまで、私は目を逸らさなかった。そして彼の気配が完全に消えたあとで、大きく溜息を吐くのだ。ばれなくてよかった、と。
私は私の分身である。奥で眠っている本当の私を守り切れた自分をこれでもかというほど賞賛して、冷蔵庫から貰い物のおいしいプリンを取り出した。