企画展、古代なんたらかんたらの遺跡がどうたらこうたら、で、有名な彫刻がとにかく展示されるらしい。正直私は興味がない。
それではなぜ阿呆みたいに高い入場料を支払ってまでこんなよくわからない形の超近代建築(と私は呼んでいる)に足を運ぶのかと言うと、私の友達で美術やら工芸やらが好きでたまらない奴がどうしてもと言ったからである。――というよりは、入場料と昼飯は彼女が持ってくれるからである。つまり極貧の私は、お嬢様育ちの彼女の財布につられてやって来たのだった。

結論から言えば、私は詩人とか小説家とか、そういう呼ばれ方をされたい方の人間だ。美術とか工芸とかはよくわからない。それでも芸術なるものを理解するだけの繊細さは持ち合わせているつもりだが、十分でないのかそもそも無謀だったのか、文芸の分野に於いても、大昔に読書感想文か何かで優良賞を貰ったことを除いては、評価という評価を受けたことはほとんどなかった。

つまり私が貧乏なのは売れないからで、恨み事を言うなら親が全く以て支援をしてくれないからである。しかしそれに関しては私がこの口で「自分のことは自分でやる」と啖呵を切って半ば強引に家を出たことに原因があり、ようするに自業自得であった。

「あんたつくづく残念よねぇ、けっこう良いモノ色々持ってるのに、どうして持ってないもので生計立てようとすんのかしら。」

彼女はそう言いながら、紀元前うん年の美男子の彫刻に駆け寄って行った。私はその横におまけのように展示された装身具のケースを覗き込む。随分と純度の低い宝石が填め込まれた首飾りは、私の目にはやはりただのボロにしか見えない。

顔を上げて、何か他に面白そうなものはないのかと探す。友達の方はまだ美男子を観察して何やら呟いている。これもこれで面白いが、からかうと烈火のごとく怒ることを私はよく知っている。独り言は彼女のどうしても治すことのできない癖であり、私が呼ばれた理由というのは、ようするにカモフラージュだった。つくづく友達甲斐のない女である。もういっそ友人Aとでも呼んでやれ。友人(笑)でもいいくらいだ。

溜息を吐いてケースから一歩だけ離れ、展示品に面白さを求めるのをやめて滞る客達の姿を眺める。私にはわからないが、どうやら友人Aのはしゃいだ行動は反応としては正しい方らしく、品に目を向けていない者と言えばパンフレットを見ているかキャプションを見ているかといった様子だ。ただの古い像の何が良いんだか、とまた溜息を吐きながら、横からやってきた客のために場所をずれる。身なりの良い紳士風の男だった。礼儀正しく私に一礼すると、一分ほど装身具と美男子とそれらのキャプションと見つめ合ってから背筋を伸ばして去って行った。友人Aはまだ楽しそうに美男子に囁いていた。


ふと、何かが視界を掠めたような気がした。反射的にそちらを見ると、紺色の服を着て制帽を被った人が、何と形容しようか、とかく無様に床の上に伏せている。警備員が何を遊んでいるんだろう。また溜息を吐きそうになったが、結局その息は飲み込まれることになった。

人がパタパタと倒れて行く。擬音を用いるのに気が引けるほど静かにだ。無論展示品に気を取られている客達は気付いていない。さも当たり前のように人の垣根は崩れ、やがて目の前で友人Aが倒れた。私はよく分からないながらに覚悟を決めたが、ケースを挟んだ向かいに金髪の青年の姿をみとめただけで、倒れることはなかった。

私と彼はしばらく――と言っても数秒だが、じっと無言でお互いを観察していた。私は主に彼とこの静かになった大きな部屋の関係を考察し、彼は恐らく迷っていた。私の考察が的外れでなければ、私のことを床と仲良くさせようかどうかで。

「・・・しまった、顔覚えられちゃったか。」
「は?」

どうやら考察は若干間違っていたらしい。彼は私を床と仲良くさせようかどうか迷っている間に私に顔を覚えられてしまったことに気づいて改めて私の処分について迷っているのだ。
――これは、まさかとは思うが、もしかすると、死にかねない状況なのではないだろうか。と思い至ると同時に何か護身のための行動でもできればよかったのだが、ケース越しに眼潰しができるほど腕は長くないし、ダッシュで逃げて撒けるほど足腰に自信もない。何より思考以外の全ての機能が停止していた。
彼はそんな私をさらにじっと観察し、右の方をちらりと確認して、それからまた私を見た。見た目は屈託のない笑顔である。

「ちょっと記憶消させてもらうね。」






目を覚ますと展示品はまるごと消え、係員が慌てた様子で走り回っていた。私はかなり長い間その様子を何か天災の類いのせいだと思っていたが、友人を起こして私自身の流血を指摘されると、なんとなくことの次第を思い出した。いや、というよりは、主にケース越しに頭をしこたま殴られた記憶が、ほとんど怨念のような形で湧いて出たのだ。

あとからやってきた警察にそのことをくどくど供述して、友人Aに彼女や私が床とハグする羽目になった経緯について、立ち聞きしたものと覚えている限りの記憶を頼りに恨み辛みを盛り込んで伝えながら、三時間遅れの昼食をもそもそと口に運んだ。

「じゃあ、その人見たのってあんただけなんだ。どんな人?」

さっき警察に軽く100回は繰り返された質問にうんざりしながらも、ずきずきする頭を掻き、辛うじて残っている印象を口にした。

「・・・・可愛い顔をしていた気がする。」
「はぁ?」
A bolt from the blue