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XX-impressions(イルミの場合) 俺が視線をやると、ふいに少女が現れた。歳はいまいちはっきりしないが十代半ばほどで、ゾルディック家の人間の首を狙うとかいう奴らと一緒くたにするにはあまりにも弱々しい顔をしていたが、何かただならぬ気配を感じたような気もする。そう判断するが早いか、俺はほとんど反射的に練をした。するとどうしたことか、彼女はひどく慌てた様子で身じろぎをしてその場に崩れたではないか。これにはおや、と首を捻る。――ここに一人で来るくらいなら、もうちょっと骨のある反応があってもいいものだが。 とりあえず強いとか何かの恐れがあるとか、そういうものではないらしい。先の直感とは相反してそう判断し、崩れて茂みに消えていた彼女の前に立つと、一拍置いてからじりじりと視線が上がって来た。――何かを恐れているような反応。攻撃されるとは思わなかったが、備えて構える。 そして彼女と目が合った瞬間、俺は次にどういう台詞を吐けばいいのかわからなくなった。 怯えているのではない。何の自信が見えるわけでもない。そもそも戦う者の姿勢ではない。かといって殺したことのある表情でもない。見たことのないもの、と瞬間的に処理されたが、珍しくその判断を疑ってもう一度彼女を見下ろす。――何だ、これは。 彼女はひどくわかりやすい目をしていた。しかし何か、その目も含め全体的に、異様な奥行きを感じる。普通の人間ではないかもしれない、と彼女への評価を変え、俺はようやく呟いた。 「・・・おかしいな、どこから入ったの?」 それだけの台詞だったが、彼女は不思議な反応を見せた。確かめるように自分の頬を抓って、困惑したような表情を作ったのだ。自分はここに居たはずではない、とでも言う風に。 それでも何かしら心当たりはありそうに見えた。頬は抓ったまま、俺からも視線を外さないまま、どんどん困惑の色を上塗りしていく。 ――俺はこの子をどうすればいいのだろう。逃がす?いや、それは適切でないような気がする。これほどわけのわからないものが、ただの一般人であるとは考えにくい。――じゃあ? 「・・・あとで拗れてもめんどくさいしなあ」 仕事以外で、別段危険が確定しているわけでもないのにこの手段をとるのは些か気が引けるが、放っておいて問題が起きるよりは遥かにいい。また困惑して身じろいだ彼女に鋲を向けると、なぜかかえって開き直ったような顔がちらついた。しかしすぐに困惑が戻り、さらに焦り始める。――これだけ手に取るようにわかるのも珍しいな。考えながら見ていると、彼女はどうやら逃げようという結論に至ったらしい。そこに上からやんわりと殺意を告げると、数秒おいてから彼女は所謂降参のポーズをとった。全く板に付かないそれに妙な面白味を感じながらも、明らかに殺すなと言っている彼女の目に返事をする。 「命乞いは聞かない。」 すると、何か頭の上に岩でも落とされたような顔をする。変な子だ。 しかしそれもほんの一瞬で消え、困惑さえも消える。――殺すには絶好のタイミング、か。 そこまでは意識できていた。しかしそこで何か糸が切れたような感覚に襲われる。 数秒の暗闇の後意識を取り戻すと、手から鋲がなくなり、自分より頭一つ以上背の低い彼女に、思いのほかしっかりと受け止められていた。キルアと似たような体温の肩や手からは困惑したような気配が感じ取れたが、すぐになくなった。彼女はかなり苦心して、俺を背に半分乗せて引き摺り出す。見かけよりは力があるのか、と何となく感心したあとで、俺はようやくこの現象の答を得た。――ベッカーの念だ。やっぱりあの攻撃は避けられていなかったらしい。 次会ったら殺そうかな、と割と本気で考えながらも、身体の自由が利かないため小さい背に引っ掛けられたままでいると、ふいに耳慣れた単語が囁かれた。 「兄貴」 俺に向けられたのでないのはよくわかった。彼女に兄がいるのだろう。そうと分かりながらも何か自分に関係するような気がして意識を向ける。一時は消えた彼女の困惑や不安が、化学反応でも起こしたようにせり上がって来ていた。 ――泣いてる? なぜかそう思って、しかしすぐに考えるのをやめる。――ベッカーはこの能力を眠り姫とか呼んでいたんだったか、その名の通り対象を強制的に休止状態にするらしい。やめるというよりは、考えられなくなっていた。 意識が遠退いていく。霞がかっていくような感覚をぼんやりと感じながら、俺はほんの少しだけ彼女に対するこの家の人間の対応を想像した。そして根拠もなく予想する。――恐らく、この子は生きて帰るのだろう。「兄貴」のところへ。 |