距離感






「えーっと、キルア君?」

部屋に案内してもらう道すがら、私はとりあえず呼んでみて、ほんの少し先を歩く彼の反応を伺った。彼はきょとんとこちらを見て、少し不満げに口を尖らす。

「キルアでいいよ。でいい?」

今度は私がきょとんとして、それからああと合点を打った。そういえば彼はそういう子だった。友達を欲しがっているんだから、使用人でもない、単なる居候にまで距離を取られるのは嫌なのだろう。

「あ、はい。ぜひどうぞ。」

考えながら口ではそう言っておく。するとキルアは立ち止まり、あからさまに嫌そうな顔で溜息を吐いた。

「敬語やめろよ・・・お前年上だろ?」
「そう言われても・・・」
「変な気使うなっつーの。誰も何も言ってこないし、言わせないって。」
「・・・うん。じゃあフランクにいくけど」

とりあえずそう言うと満足したのか、彼は少し頷いてまた歩き出した。
大切な跡取り息子、ゾルディック家始まって以来の天才児。それがわかっていてあえて「年下の少年」扱いをするのは、明らかに私のポリシーに反する。なるべく当たり障りなくいたい以上、長いものには巻かれたいのだ。しかし、この少年もまた長いもののうちである。彼が言うなら従うのが道理だが、彼以上に長いものがごろごろといるのも紛れもない事実だった。
彼の境遇はある程度知っているし、心情も少しは想像できる。しかし同情したい気持ちが本心であっても、今の私の立場はこの上なく不安定なのである。ゼノさんの好意(というより興味かもしれない)で引き止められたにしても、私は間違いなく“邪魔者”だ。

「キルアは、何歳?」

裏で考えを巡らせながら、軽い愛想笑いを浮かべて尋ねてみる。彼は振り向かずに「10歳になったばっか。」と答えた。

「10歳かぁ。私10歳んとき何してたかなぁ・・・」
「一般人だって言われてたけど、本当?」
「本当だよ。小学校の四年生だね、10歳だと。」
「学校ってどんな感じ?」
「うーん・・・私の人生ほとんどソレだからな。慣れちゃってよくわかんない。」

尤もらしく考え込むような仕草で言ってみると、彼は少し納得いかないような顔をしながらも静かに頷いた。子供らしい表情の内からでも、彼が冷静で合理的なのが何となく伝わってくる。小学生時代を思い返してみると子供の一歳はとても大きな差だったように思うが、彼の場合もとからかなり賢くて、すれているのだろう。私が“知っている”より少し無邪気で毒気のない感じはあったが、あまり幼さは感じなかった。

「ふつうは、普通の奴の話聞いても面白くはないと思うけど。やっぱ気になる?」
「オレ、ほとんど家にこもりっぱなしだから。学校だって通信スクールだし。」
「あー、なるほど」

気にならないわけがないか。今度は私が頷いて、少し先を歩いていたキルアの横に並んだ。

「学校はね、めんどくさいかな。」
「ふーん・・・なんで?」
「まあ、そりゃあ楽しいときもあるけど、勉強するのは義務だから。好きでも得意でもないことをアレコレ指図されるって、精神的にめちゃくちゃ疲れるよ。できるようになるのは嬉しいけどね。朝から夕方まで拘束されるし、勉強以外でも規則規則ってうるさいし、何かあるとすぐ怒られるし、将来の選択は自由みたいなこと言いつつ、ちゃっかりレールに乗せようとしてくるし。」
「ふーん・・・じゃあ今とあんま変わんないかも。」
「あ、そう?」

そう言われるように説明したのだが、しらばっくれてきょとんとしておく。他になにかあるかなあ、と考える素振りで腕組みすると、キルアが核心を突いた。

って、友達とかいるの?」

私は笑んで、首を傾げる。

「さあ、どうなんだろ。」
「・・・?」

説明を求めるような視線から目を逸らして、廊下の突き当たりをじっと見つめる。暗いわけではないが窓がほとんどないので、どこもかしこも重苦しい空気が満ちている。――私は、これに順応しなければならないのだ。