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おとなり 今日も隣でが腹痛に唸っている。 たぶんまた熟練の刑事並みに険しい顔でものすごく遠くを見ながら全く表情を動かさずに淡々と呻き声を上げ続けているんだろう。一度兄貴に言われて水を差し入れに行った時しか見ていないが、あれはどこからどう見ても、どうひいき目に見ても、二言目には女性がどうのこうのと言った奴の行動ではなかった。すごく珍妙な生き物を見ている気分になったのを今もありありと思い出せる。かわいそうといえばかわいそうなのかもしれないが、その顔どうにかしろよ、という言葉が口をついて出たのはべつに俺が薄情だからではない。 祖父ちゃんが言うには、の食事に混ぜているのはある種の毒物耐性を強めるための、言わば薬に近いものらしい。(と言ってもそれ自体毒があるので結局毒だが。)たぶんカルトの攻撃を見越しての対策なんだろう。最初は瓶の蓋や小物を投げつける程度だったのが、徐々にどう考えても殺す気満々のものまで投げるようになっている。このまま行けば罠や毒に手を出すのも時間の問題だ。 ――それにしても、が日常で俺達の前に現れるのは食事と休憩の時間だけだし、特に変わったこともないのに、カルトは何が不満であそこまで徹底して攻撃するんだろうか。 考えていると、隣の呻き声がフェードアウトした。かと思うと床に転げ落ちたような音がして、およそ女とは思えない悲鳴が上がる。(「ぅおぐぇ」ってなんだ「ぅおぐぇ」って)もんどりうっているのか、それっきり辺りは妙に静かになった。 しばらくするとまたがさごそと動き始めたようだが、何をしているのかはいまいちよくわからない。首を傾げながら耳を済ましていると、ドアの開く音がした。そしてすぐに閉まり、今度はすぐ傍でノックの音がする。 「キルアー、どっかに埋まってるやつでいいから紙ちょうだーい」 がさごそは紙を探している音だったらしい。俺はちょうど広げていた通信スクールの教材の山の中から裏の白い紙を何枚か抜き取って、めんどくさそうな顔でドアを開けた。 |