酸素が薄い




「うーん・・・キツイ」

唐突に立ち止まって腕組みすると、隣を歩いていたキルアは「何のことだ」とでもいう風に首を傾げた。しかし目敏い彼である。すぐ私の息が上がり始めているのに気付いて、今度は呆れたような顔で言う。

「おっまえ体力なさすぎ!ちょっと歩いただけじゃん。」
「おバカ、平地に住んでた人間が普通に運動できる酸素濃度じゃないのよ!そして君たちとはそもそも体力の上限が違う!」
「おバ・・・テメェ・・・」

なんだ、おバカ扱いは受けたことないのか。まあないだろうな。しかし全くなかったわけではなかろう。彼も賢いとは言えミルキの方がずっと頭(は)いいだろうし、暗算はそれほどできないと(将来的に)自負するんだから。でもまあ、居候歴一週間足らずのぺーぺーに言われたらそれはムカつくか。でも私もけっこういろいろ溜まってるんですごめんなさいキルアさん。――という思考をゆっくりしつつ、足は止めたまま大きく息を吐く。

「やっぱり無理言っても麓に降りるんだったかな・・・」
「でも、ジイちゃんに言われたんならほとんど強制だろ?夢見んなよ。」
「夢・・・まずこの状況が私の中では9割5分夢なんだけどね。」

ちらりとキルアを(気持ちとしては)見下ろし、私の“知っている”通り整った白い顔に溜息を吐く。

「・・・ほんと、人生何が起こるかわからん。」
「オレもまさかうちに居候が来るとは思ってなかった。それもお前みたいなフツーの奴がさ。」
「おねーさんは普通のまま一生を終えたかったですよ。」

肩を竦めて首を振る似非アメリカンなジェスチャーで答えると、キルアの猫目が私をはっきりと捉えた。それに笑いかけて、サボっていた歩行を再開する。
私の知る限り彼はいつもこうだ。見慣れないものだからか、彼にそのつもりはないらしいのだが一挙一動に視線が集中する。カルト君も――まあ、多分基本的には同じような理由なのかもしれないが、彼の場合その視線が殺人的に凶悪なのでそろそろご遠慮願いたいところである。

やれやれと頭を掻き、二歩ほど先を行くキルアについてゆっくりと歩く。西洋の古い城にでもありそうな長く重苦しい石造りの廊下は、いまだ終わる気配を見せなかった。